中央水研ニュースNo.19(平成10年1月発行)掲載 |
【情報の発信と交流】 身土不二-食糧自給率の向上を-
西岡 不二男
しんどふにと読み、お経の題目だそうである。こ のお経を書いたのは普度(ふど)という元の代の丹 陽出身のお坊さんで、多くの教典を残している。表 題もその中の一つであり、韓国では、この言葉を書 いた看板が至る所に立っているそうである。韓国の 食文化の堅持と食糧自給率向上のために用いられて いるようだが、本来の意味は人間は生まれたときか らその大地と強く結ばれており、個別に存在するも のではないとする思想のようである。 宗教に興味を持つとか自分の名前に類似するとか ではない。韓国での解釈に賛同し、サブタイトルを 付けて表題にした。 脱亜入欧は福沢諭吉の言だが、明治政府の標榜で もあった。中でも軍人の体格が問題になり、時の総 理、伊藤博文は食事に起因するとして洋食、特に肉 食化を提案した。だが、漢方医であり陸軍の薬剤監 だった石塚左玄や西欧医学を学んだ軍医の森鴎外は 食事と体格は無関係だと強く反対し、左玄の弟子の 西端学も標記の言葉を用い、その土地に生まれた人 はその土地で穫れるものを食するのが健康に最も良 いとして議論に終止符を打った。かくして、明治政 府の思惑は外れ、すき焼き、豚カツの他にあんパン が生まれた。 明治天皇の日本料理、特に魚好きが幸いしたよう だ。琵琶湖産のヒガイが好きだったので鰉と言う漢 字を作ったのは有名であるし、教科書作りの際にも 色濃く現れた。例えば、タイは棘鬣魚という字を武 士が好んで用い、明治初期まで使ったが、難しいと して中国古来の漢字かどうか定かでない今日の鯛に 統一した。他に、鮎、鯰、鰤、鰹、鯖、鰯、鮭、鱧、 鰰、鱚等、多くの漢字を旬や形態、色調に基づいて 作り、本家である中国や台湾にも輸出し、認知させ てしまった。当然、鮎はナマズでなくアユである。 だが、敗戦とは本当に惨めだ。不滅と思われた食 べ物に対する思想までも簡単に変えてしまう。食糧 不足も手伝っただろうが、たった一冊の本が国民の パン食にはずみをつけてしまった。大脳生理学者の 木々高太郎こと林髞著「頭の良くなる本」がベスト セラーになり、その中の数行、「日本人はコメを食 べていたために戦争に負けた。パンを食べていれば 頭の血の巡りが良くなってアメリカ人のように頭脳 明晰となり、戦争にも勝つ…」とした行が真に なって、パン食が猛烈な勢いで普及したそうであ る。魚も同罪であった。イワシやサバは多価の不飽 和脂肪酸を多く含む。今日では健康によいとして注 目されているが、その当時はこのことが災いして批 判の的になった。多価不飽和脂肪酸は不安定で、過 酸化物ができ易い。この過酸化物からリポフスチン ができるのだが、リポフスチンは脳内に蓄積して痴 呆症を引き起こす。また、ドコセン酸は菜種油のエ ルシン酸と心臓障害を引き起こす原因物質である。 これらのことや中毒が原因になって学校給食に魚の 干物が使われなくなり、畜肉普及に一役買ったよう だ。 幸いなことに、日本食は先進国で見直された。魚 に多いEPAは成人病に有効だとしたサミュエルソ ンの研究はノーベル賞に輝き、成人病に悩むアメリ カ政府は米国の食事目標と題したFDA勧告(マク ガバンレポート)を採択し、寿司ブームが生まれ た。WHOも日本食は三大栄養素のバランスが良い として、世界のモデル食に推奨した。 しかし、驚くほどに低い食糧自給率に国民は驚き もしない。魚も例外ではない。成田空港は世界一の 水揚げ高を保持し続けている。そして、近年、回復 傾向にあるアジ・サバ資源だが、輸入品に圧倒さ れ、豊漁になっても素直に喜べない状況にある。ま た、沿岸で混獲される雑魚は投棄魚と化して環境汚 染に一役買っている。 水産統計は明治27年に始まり162万トンを記 録している。動力船のないときの漁獲量であり、列 島に魚が押し寄せていたと言っても過言でない。そ して、あらゆる魚をうまく利用する知恵を出してき たから世界に冠たる魚食文化が生まれたのだ。水産 庁に働く大半の人が、給料が税金であることを認識 しても、漁師にまで及ぶことを自覚できる人が何人 いるのだろうか。倉廩実則知礼節は斉の垣公を覇者 ならしめた菅仲の言葉だ。戦国時代を象徴する言葉 で、「国民に礼節を求めるのであれば国民に食料を 充分与えなければならない」という国家設立の原点 を説いた言葉である。繰り返しになるが、日本人は 紛れもなく漁色民族であるし、漁業の真の後継者は 生産奨励の下に育つと確信している。利用加工の仕 事に携わってはいるが、これらのことが自覚できる ような仕事にしなければと痛感している昨今であ る。 (加工流通部長)
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