中央水研ニュースNo.19(平成10年1月発行)掲載 |
【情報の発信と交流】 比較生理生化学に関する国際会議に参加して
荒西 太士
アフリカ大陸最南端で日本のほぼ真裏に位置する 南アフリカ共和国(南ア)は、「アパルトヘイト」、 「金・ダイヤモンド」、「ラグビー」以外には日本人 に馴染みのない国です。かくいう私も同様で、標 記”International Conference Comparative Physiology and Biochemistry”への参加動機に「未知 なる国への好奇心」があったことは否めません。こ の学会はヨーロッパ比較生理生化学会の年会とし て、平成9年8月31日~9月5日に南ア第1の都 市ヨハネスブルグ(写真1)近郊のクルーガー国立 公園で開催されました。成田から空路30時間以上 (イギリスのヒースロー空港で乗継)かけて到着し たヨハネスブルグは、アパルトヘイト解放後「世界 最悪の治安状態」だと聞かされていたので、疲労と 不安で極度の緊張状態にありました。しかし空港の ポーターやホテルの送迎バス運転手の態度も非常に 紳士的で法外なチップを要求することもなく、結局 南ア滞在中に危険だと感じたのはエクスカーション のナイトサファリ中に起こったライオンとの第三次 接近遺遇!を除いて一度もありませんでした。また ほとんどの南ア人は英語を操り、中年以上ではオラ ンダ+アフリカ訛り?が入っていて少々聞きづら かったものの私と同年代は洗練されたクイーンズイ ングリッシュを話し、南アの教育レベルの高さに驚 かされました。 開催地のクルーガー国立公園は南ア北東部にある 四国とほぼ同じ広さの国営動物保護区であり、ヨハ ネスブルグより陸路で6時間又は空路で1時間かか ります。その中には大小併せて24の長期滞在型レ ストキャンプが点在していますが、これらは全て 『オリ』で囲まれ一種の「逆動物園」状態です。本 学会は最大規模のスククーザーレストキャンプで行 われ、ここには200棟以上(現在も増設中で特定不 能)のズールー族住居風”鍵なし”草葺き円形屋根 のロッジ、正式にはイボマだとズールー族のおねえ さんが教えてくれた(写真2、私の官舎より広く、 かつ身障者用設備が完備されている)の他、専門の 教育を受けた数十名の自然管理官が駐在する公園管 理事務所、郵便局、銀行、病院、(事件が起こらな いので出動機会がない)警察、スーパーマーケッ ト、土産物屋、博物館、図書館、会議場、野外劇場、 ガソリンスタンド、ヨーロッパ風レストラン等があ り、日本国内にいるのかと錯覚してしまいました-- 但しアジア系は一人も見かけませんでしたが。ま た主会場である会議場は200人以上が収容可能な半 円形階段状で(写真3)講演機材や照明等も当水研 の講堂以上の設備を備えており、アフリカの僻地 (失礼!)で国際学会など開けるのかという私の認 識の低さを改めざるを得ませんでした。 学会はヨーロッパ諸国からの参加者が中心で、他 にアフリカ諸国、(案外南アに近い)オーストラリ アと南北アメリカ諸国から各30~40名、そしてア ジア代表?の私(たった1名)と総勢200名前後の 「ちょうどいい規模」で開催されました。今年度の メインテーマは「環境応答性に関する動物の機能」 であり、温度・浸透圧・空気・病気等の他アフリカ ならではの砂漠や乾燥をテーマとした10のセッ ションに分かれて凡そ130課題の発表が口頭とポス ターで行われました。ちなみに「比較・・学」とは、 哺乳類から魚類にわたる脊椎動物及び軟体類や節足 類等の無脊椎動物、つまり全ての動物を研究対象と しており、特に魚類は、鳥類・爬虫類・昆虫と並ん で主要なカテゴリーとなっています。従って魚類を 扱う研究者も多く参加者全体の約1/3を占めてい ました。 私の参加したセッションは「生化学的環境応答」 をテーマに、雑誌”Comparative Biochemistry and Physiology”のチーフエディターであるカナダのブ リティッシュコロンビア大学 P.W.Hochchaka教授他 の基調講演に続き、25課題の発表が予定されてい ました。私は「日本ウナギ体表の生体防御プロテ アーゼ」と題したポスター発表を行いましたが、本 研究はこれまで魚類の非特異的生体防御に関する総 説等で存在が示唆されていた”体表生体防御プロテ アーゼ”を初めて検出・同定したものです。本発表 ではさらにその組織及び細胞内分布を蛍光活性染色 法で示した上、生体防御機能を温度応答性実験並び に細菌感染実験で特定しています。このセッション のポスター発表には魚類に関するものが多く、ブラ ジルのアマゾン国立研究所のグループが淡水・汽水 魚の遺伝子レベルでの環境適応性に関して、またア メリカ航空宇宙局(NASA)のグループが淡水魚の重 カ耐性に関して発表していたりと盛りだくさんな内 容で、魚類の研究者にとっては非常に興味深いもの でした。そのため参加者が多く、次から次へと質問 の雨霰で(中には座って討論を始める人もいた)急遽 主催者の判断により終了時刻を30分延長しまし た。しかしこの措置にかのアマゾン研の女史が大層 腹を立て、というのも彼女は終了後に出発するナイ トサファリに予約していたため、隣の私に「ブツブ ツ、ブツブツ」言っていました(結局は、間に合っ たようですが)。 私への質問の中で特に有益だったのは、アマゾン 研で魚類の体表粘液について研究している「ブツブ ツ」女史の同僚と、オランダのナイメヘン大学で魚 類の体表生体防御機構について研究している Wlendelaar-Bonga教授(先日、横浜で開催された国 際比較内分泌学会で来日)からのものでした。アマ ゾン研の彼は、多くのアマゾン生息魚がウナギと同 様に多量の粘液を分泌する特徴を持っ点を指摘し、 体表生体防御機構を含む魚類の皮膚構造は環境適応 性の結果であろうから、きっとアマゾン生息魚にも 体表生体防御プロテアーゼが存在するに違いないと 言っていました。またBonga教授はコイ体表の殺菌 性酸化還元酵素に関して私と同様の実験をしてお り、彼の結果が私のと一致していたことから、魚類 体表の生体防御機構は環境変化、特に細菌感染、に 対して殺菌→分解が速やかに行われるのではないか と示唆してくれました。 学会終了前夜、「南十字星」の瞬く下で行われた 野外レセプション(写真4)では、非常に珍しい ズールー族の伝統料理が饗されました。その際、 Bonga教授と横浜での学会について話していたとこ ろ、他の研究者も数名参加するとのことで「日本」 代表?の私がひとしきり交通手段や観光案内につい て講義をした後、横浜での再会を約束しました。 地球の裏側で開催された本学会では多くの知見を 得、多くの友人を得、そして多分二度と行くことの ない南アの素晴らしさを満喫することが出来まし た。最後になりましたが、このような機会を与えて 下さいました関係者の皆様にこの場を借りて御礼申 し上げます。 (生物機能部生物特性研究室)
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