中央水研ニュースNo.18(平成9年11月発行)掲載 |
【情報の発信と交流・研究室紹介】 海洋放射能研究室
Radioecology Section, Marine Productivity Division 吉田 勝彦
当研究室は海洋中の環境放射能について、放射生 態学、および地球化学の視点からの調査研究を志向 しています。環境に存在する放射能(不安定な原子 核が壊変して、α、β、γ線などの放射線を放出し、 安定核種に転換しようとする性質)の総称を環境放 射能と言います。具体的には、自然界に存在する K-40やウラン系列等の自然放射性核種と原水爆実 験や原子カ平和利用(原子カ発電等)により生じ、 放射性降下物や廃棄物として環境中に放出された、 Co-60やCs-137等の人工放射性核種から構成されて います。また、放射生態学という研究分野は、環境 放射性核種の環境中での挙動(移行、蓄積過程)や 生物に対する影響、放射性廃棄物の処理、処分問題 や原子力施設の環境への影響を評価するための種々 の問題を研究するほかに、環境放射性核種とその同 位体をトレーサーとして利用し、食物連鎖や物質の 移行経路、物質循環を研究する生態学の一分野で す。 過去の大気圏核爆発実験により地球上に放出され た人工放射性核種は海洋中に蓄積しています。最盛 期に比べれば大幅に減少しましたが、現在でも放射 性降下物は降下しています。新たな汚染源として、 チェルノブイリ原発事故、旧ソ連・ロシアによる放 射性廃棄物の海洋投棄(固体廃棄物は将来、海底か ら漏出する可能性があります)、これらに比べて汚 染規模は小さいとはいえ、米軍による劣化ウラン含 有弾誤射爆事件、核兵器紛失事件等の突発事件があ ります。漁業生産の場である表層から中層(大陸棚 から斜面域)のみならず、深海底までを対象にした 日本周辺海域の放射能汚染、さらに食品としての水 産物の安全性が問われています。米国原子力軍艦の 特定港湾への寄港回数も減少することなく続いてい ます。また、我が国周辺諸国における突発事故も危 倶されています。 このような社会的背景に対応して、日本周辺海域 の漁業生物と漁場環境の放射能水準とその経年変動 を長期間継続してモニタリングし、それらの安全性 を確認するとともに、国民の被爆線量評価に資する 資料、地方公共団体等の行う原子カ施設の監視結果 を評価するため、また突発事故に適切に対処するた めに、バックグラウンド値として活用する資料を完 備することが要請されています。当研究室は研究室 設置の歴史的経過からも、これらの社会的要請に可 能な限り答える義務と使命を負っています。 海洋放射能研究室の研究志向と社会的要請の双方 を踏まえて、調査研究課題を以下の三つに設定して います。①海産生物、および漁場環境のモニタリン グとその評価:北海道、西海、日本海区水産研究所 の海洋環境部、水産工学研究所漁業生産工学部、沖 縄県水産試験場等の協力により、日本周辺海域(太 平洋、東シナ海、日本海、オホーツク海、およびサ ハリン~カムチャツカ半島太平洋沖)で主要漁業生 物55種、主要漁場環境の汚染レベルを監視するた めの指標として海底土を25定点で採取していま す。これらの試料についてγ線放出核種を中心に 16~19核種を分析し、その核種濃度の経年変動を 把握しています。また、原子力潜水艦の寄港に伴う 放射能調査を横須賀、佐世保、沖縄で年四回定期的 に行っています。さらに、当研究室は蒼鷹丸による 独自の調査航海を行っています。表層から中層域の 海水、プランクトン、マイクロネクトン、水深 3,000m以深の深海底で深海生物と海底土を採取して 核種分析を行い、表層から深海域までの放射能水準 を明らかにしています。以上の調査結果を基に、我 国周辺海域の放射能汚染の影響評価、安全性の確 認、資料の整備を行っています。突発事故に対処す るために、分析済み試料は整理して保管していま す。劣化ウラン弾事故では緊急調査の一環として保 存試料を提供し、ウラン濃度を求めるなど、対照試 料として活用されました。②沖合・外洋域における 人工放射性核種の分布と挙動:柱状海底土・海水試 料について環境放射性核種の鉛直分布パターン、積 算値、堆積物年代測定等の解析から人工放射性核種 の挙動、分布を決定する要因、その起源の解明に努 めています。③深海海産生物への放射性核種の移行 過程:人工放射性核種とその同位体をトレーサーと して表層~中層生物と深海生物との食物連鎖等によ る結びつき、および表層から深海底への放射性核種 の生物輸送等を調べています。さらに、蒼鷹丸によ る深海調査で得られる貴重な試料と情報の活用の一 端として、④深海性ソコダラ類を指標とした深海域 の生産力、⑤深海生物の適応と生存機構、にも取り 組んでいます。 (海洋生産部)
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