中央水研ニュースNo.18(平成9年11月発行)掲載

【情報の発信と交流】
HACCP方式を巡る最近の情勢について
山澤 正勝

 HACCP (Hazard Analysis Critical Control Point : 危害分析重要管理点監視)方式とは、ハシッ プ、ハセップ、ハサップなどとも呼ばれる新しい食 品の衛生管理方式である。最終製品の検査に重点を おいた従来の衛生管理方式とは異なり、原材料の生 産から最終製品の流通・消費に至るまでの各工程ご とに、食中毒等の危害因子について重点的に管理 し、衛生・品質に関わる記録はすべて保存するのが 特徴である。そのため、製品の安全性や品質につい て問題が発生したとき、原因の特定と責任の所在を 明らかにできるため、PL(製造物責任)法の対策 としても有効であるとされている。
 このHACCPに関しては、1995年我が国の対 EU向け水産物が、域内のHACCP規制に適合し ないという理由で、全面輸入禁止の措置をとられた のは記憶に新しいところである。また、1996年来、 全国的な病原性大腸菌O-157による集団食中毒の 発生に伴い、その原因の究明や防止対策のために、 食品の原料の生産から製造、流通現場へのHACCP 方式の導入の必要性が声高に謳われている。
 1997年度も水産加工業界では、対米輸出対策を はじめとして、HACCPに関する話題で賑わって おり、これらについて、最近の情勢を報告する。

1.米国"Seafood HCCP Regulation"への対応
 1997年12月18日より、米国が"Seafood HACCP  Regulation(水産食品HACCP規則)"を施行す ることになっている。FDA(米国食品医薬品局) は、施行日以降、すべての米国の水産加工業者に対 して、水産物の衛生面での安全性確保の観点からHACCPを 適用することを義務づけている。また、 米国に輸入される水産物についても、相手国加工業 者に対し、HACCP方式を用いた管理を求めてい る。現在、日本における水産物の対米輸出は、対象 となる輸出業社数約100社、金額にして約100億円 の規模である。
 我が国から米国への輸出は、基本的には、米国の 輸入業者がHACCPの製造の確認をすることを求 められており、FDAとの覚書(MOU)に基づい て対象となる工場を厚生省が認証するか、民間第3 者機関によるHACCPの証明、又は製造者自らに よるHACCPの保証のいずれかの方法によるが、 いずれにしても輸出加工業者は早急にHACCP方 式を導入しなければならない。
 これまで、厚生省と水産庁は共同で実態調査を実 施するなど、円滑な輸出継続のための努力をしてき たが、米側の事情によりMOUが締結できない状況 下で、厚生省は、食品衛生監視員を対象に、対米輸 出水産食品指名食品衛生監視員育成のための講習会 を実施するとともに、都道府県衛生局等による施設 の証明を行うこととしている。
 また、水産庁の水産食品品質管理育成事業(大日 本水産会補助事業)では、厚生省と連携の下、FDAの カリキュラムに基づくHACCP専門家育成講 習会を開催し、8月中旬以降、対米輸出水産物(冷 凍ホタテ貝柱、冷凍水産物及び鮮魚加工、水産缶 詰、節類、魚介類乾製品、魚肉ねり製品等)製造業 者を対象にHACCP講習会を実施している。さら に、FDA規則に基づき、民間第3者機関によるHACCP による製造の証明の道も開かれようとして いる。
 本中央水研ニュースが皆様のお手元に届く頃には 対米輸出の準備は整い、対EU水産物輸出の場合の ようなトラブルが起こらないことを期待したい。


2.コーデックス委員会における冷凍すり身取扱規 範
 昨年のFAO(国連食糧農業機関)/WHO(世 界保健機関)の国際食品規格委員会(通称コーデッ クス委員会)水産部会において、日本は米国と協力 して「冷凍すり身取扱い規範」を提案した。既に策 定されていた冷凍魚、落とし身、冷凍エビなどの取 扱い規範について、HACCPの概念を導入するた めに見直しを図ることになっていたが、さらに衛生 上の重要管理点(CCP)に加えて、新たに品質面 からの必須管理要件としての欠陥是正点(DAP: Defect Action Point)を組み込んだシステムの構 築が提案された。冷凍すり身の取扱い規範にもDAPの 概念を取り入れることになり、来年開催予定の コーデックス委員会に改めて提案するため、日米で 協議中である。
 食品がもっている品質の要件としては、安全性、 栄養性、嗜好性および健康性機能などがある。最 近、安全性を強調するあまり、ややもすると伝統的 な食文化で培われた品質を犠牲にしてまで衛生面を 厳しく管理する風潮がある。日本の食文化を損なわ ない範囲内で、適切な衛生管理を行い、品質面でも 優れた製品を消費者に届けることが肝要である。そ のような意味で、HACCP導入に際しDAPとい う考え方が国際的に検討されていることは、日本と しても、水産食品の品質を確保するうえで好ましい 方向と考えられる。

3.水産庁及び厚生省におけるHACCPマニュア ル作成
 水産庁は、平成7年度から水産加工品品質確保対 策事業のなかで、冷凍すり身、冷凍魚フィレー(加 熱調理用)、冷凍貝類のむき身(生食用)の3品目 についてHACCPマニュアルのモデルを作成し た。8年度としては、揚げかまぼこ(ゴボウ巻き)、 風味かまぼこ(カニ風味)、塩干品(子持ちシシャ モ)、ボイルタコ、(生食用)、タラ調味漬け、焼き サバの6品目について作成している。9年度は、対 米輸出問題に追われて事業の進行が遅れているが、 水産缶詰、イカ加工品、節類の各2品目ずつ計6品 目について作成する予定である。
 一方、厚生省では、平成7年食品衛生法の改正に 伴い、HACCPの概念に基づく「総合衛生管理製 造過程による製造の承認制度」を乳・乳製品、食肉 製品に、8年度には容器包装詰加圧加熱殺菌食品お よび魚肉練り製品に導入することを決めている。こ のため、厚生省では、魚肉練り製品のHACCPに 関する研究班会議を設置し、魚肉ソーセージ及び蒸 しかまぼこ等を対象としたHACCP導入に向けた 検討を行っている。

4.今後のHACCP方式への取り組み
 HACCP方式の基本的な概念は国際的にコー デックス委員会で決められているが、EU、米国、 カナダ等各国は、それぞれ今までの自国の衛生・品 質管理体制の上にHACCPの概念を導入してお り、基本概念は同じでも、それぞれの国に特有の方 式になっている。
 EU及び米国のHACCP方式は、すべての国内 加工業者のみならず輸入業者に対しても適用される 強制法となっている。他方、発展途上国の多くは、 輸出国向けにHACCP方式を導入しているが、国 内的にはまだ従来通りの衛生管理方式の場合が多い ようである。
 我が国のHACCPの法制上の取り扱いは自主衛 生管理方式であって、国内製品について「総合衛生 管理製造過程による製造の承認制度」を導入するか どうかは企業の判断に任されており、この制度の対 象となる水産物は規格基準のある缶詰や魚肉練り製 品に限られている。また、輸出業者はEUあるいは 米国に対応したHACCP方式の導入をすすめてい る。
 我が国は、平成7年度輸入水産物量約360万ト ン、金額にして1兆7千億円に達し、世界最大の水 産物輸入国であり、これら水産物の安全性は大いに 気にかかるところである。貿易の円滑化を目途とし た水産物の検査の同等性に関する議論はOECDに おいて開始されたばかりであるが、輸入水産物の安 全性をHACCPによる同等性の確保に求めるため には国内水産業におけるHACCPの導入が前提と なる。そのため、各水産加工品について危害分析や 重要管理点における管理基準設定のための基礎的 データの蓄積や施設・設備及び技術者等の面から、 中小企業でも導入できる体制づくりが必要である。

(利用化学部長)

nrifs-info@ml.affrc.go.jp
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