中央水研ニュースNo.18(平成9年11月発行)掲載

【情報の発信と交流】
新規油処理剤開発のための調査研究専門委員会
小山 次朗

 平成9年1月の日本海におけるナホトカ号油流出 事故に続き、7月の東京湾でもダイヤモンドグレー ス号油流出事故が起こり、あらためて日本近海を多 くのタンカーが往来していることを再認識させられ た今日この頃である。このような油流出事故ではオ イルフェンスなどにより油の拡散を防ぎながら、油 回収船などによって物理的に油を回収する方法が最 も良い方法であるが、荒天などの悪条件によってこ の方法が適用できなかった場合、油処理剤を使用す ることがある。ここで言う油処理剤は、界面活性剤 を主成分とする乳化分散剤であり、油を乳化して微 粒子とし、水中に急速に分散させる役目を果たすも のである。油処理剤を用いることにより、前述の通 り、油を広い海域に急速に拡散させ、その濃度を低 下させることによって水生生物などへの影響を少な くするとともに、微粒子化することによって微生物 分解を促進することができる。さらに、処理剤は海 岸の岩や水中の構築物への油の付着を起こしにくく させる働きがある。したがって沖合での流出油処理 には有効な処理手段の一つといえる。
 一方、昭和46年11月に新潟沖で起きたジュリア ナ号油流出事故で用いられた処理剤が芳香族化合物 を溶剤とし、海産生物に対して強い毒性を示したた め、昭和48年7月の海洋汚染及び海上災害の防止 に関する法律の一部改正により、油処理剤の性能と 安全性に関する判定基準が定められた。この判定基 準は、以下のとおりである。

・ 油の乳化率は、振とう後30秒静置で60%以上、10分 静置で20%以上であること
・ 引火点は61℃を超えるものであること
・ 7日および8日後の生分解度の平均が90%以上で あること
・ 100ppm以上の濃度の油処理剤で1週間培養した 時、海産植物プランクトン(Skeletonema costatum) が死滅しないこと
・ 3000ppm以上の濃度の油処理剤でヒメダカを24時 間飼育した時、その50%以上が死亡しないこと
・ 油処理剤によって処理された油は微粒子になっ て海中に分散し、それが海底に沈降しないこと

 以上のように油処理剤は油防除措置として有効で ある。しかし、最近の油流出事故(例えばナホトカ 号事故)では高粘度油であるC重油流出が最も多 く、また、冬季の流出事故では低水温のため流出油 の粘度はさらに高くなるものと考えらる。一方、我 が国で使用されている従来の処理剤はB重油程度の 粘度の油には有効であるが、上述のような高粘度流 出油に対し、必ずしも有効ではない。そこで海上災 害防止センターは、高粘度油に有効な処理剤の研究 開発を平成6年度から8年度までに行ってきた。こ の間、研究開発に関する専門委員会(委員長:徳田 拡士元東大教授)を開催し、研究開発の実施方針な どを検討した。筆者もその一員として参加してお り、油流出事故が連続して起こり、処理剤に対する 関心が高まっているため、高粘度油用新規処理剤の 開発状況ついて一部をここに紹介する。
 今回の高粘度油処理剤を開発する上で要求された 性能は、高粘度油でも高い乳化率が得られる、生分 解性がよい、生物に対する毒性が低い、であった。 油処理剤は界面活性剤と溶剤をいろいろに組み合わ せてできているものであり、これらの組み合わせで 上記要求性能を満たすものができればよいこととな る。開発の結果できあがった処理剤は、関係者の期 待以上の性能を示した。上記の処理剤としての要件 に照らし合わせると以下の通りとなった。

・ 油の乳化率は、振とう後30秒静置で96%、10分静 置で72%
・ 引火点は100℃
・ 7日および8日後の生分解度が99%
・ 海産植物プランクトン(Skeletonema costatum)を、 処理剤を添加した培地で1週間培養した時の影響濃 度は5,600ppm以上
・ 処理剤を添加した飼育水でヒメダカを24時間飼 育した時、その50%以上が死亡する濃度は24,000 ppm以上
・ 油処理剤によって処理された油は微粒子になっ て海中に分散し、それが海底に沈降しない

 これらの値と従来の性能基準の値と比較すると、 その性能の優れていることが明らかである。特に油 処理剤で常に問題となる対生物毒性はスケレトネマ に対する影響濃度が5,600ppm以上、ヒメダカに対 する24時間半数致死濃度が24,000ppmとなってお り、毒性の低いことがうかがわれる。しかし、油処 理剤は油を乳化して微粒子化することによって水中 油分を一時的に増加させることがあり、水生生物に 対する有害性を増大させる可能性もある。したがっ て油処理剤使用者は、水生生物に対する影響を十分 考慮してその使用海域あるいは使用方法に注意を払 い、一方、漁業関係者は油処理剤の油防除機能の有 効性を再認識し、互いに油による被害を最小限にと どめるための検討を今後とも続けていく必要があろ う。また、魚類に対する油処理剤の有害性評価が淡 水ヒメダカで行われているが、海産魚と淡水魚に対 する化学物質の有害性の異なっていることが報告さ れており、今後、海産魚でその有害性評価を行える よう、我々も含めて海洋環境保全の研究者の努カを 期待したい。
 さらに、ナホトカ号重油流出事故で経験したよう に、荒天の場合、流出現場での従来の油防除作業は 困難を極め、十分な対策のできないことがある。こ のような場合を想定して、海上災害防止センターで は航空機散布処理剤も開発しつつある。その成果を 期待したい。

(環境保全部水質化学研究室長)

nrifs-info@ml.affrc.go.jp
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