ビタミンKとは
魚類におけるビタミンKの働きはほとんどわかっ
ていない。ビタミンKはそもそも不足すると血液が
凝固しなくなることで発見された脂溶性のビタミン
である。現在ではビタミンKの欠乏によりグルタミ
ン酸がカルボキシル化されず凝固因子が活性化でき
ないためとわかっている。ビタミンKが補酵素とし
て必要なタンパク質は他にもあり、その中でも骨タ
ンパク質のいくつかは骨粗鬆症との関係で近年非常
に注目されている。実際に、医療の現場では骨粗鬆
症の治療薬として使われている。
それでは欠乏するとどうなるのであろうか。不思
議なことにビタミンKは母乳中に少ない。このため
母乳栄養児には頭蓋内出血による死亡がまれにみら
れる。予防法として生後すぐのビタミンKの投与が
有効である。また腸内細菌もビタミンKを産生する
が、手術後の絶食や抗生物質の投与でKの産生量が
激減し、血液が凝固しなくなる現象が時として見ら
れる。これらは以前より注目され、あらかじめビタ
ミンKの投与がなされている。ビタミンKは促進と
抑制それぞれ多くの血液凝固因子に関与してバラン
スを保っており、特に妊娠時などには重要な役割を
持つ。他にも不足すると骨の発育が阻害される等、
症状は多岐にわたっている。
魚の中のビタミンK
このように重要な働きをするビタミンでありなが
ら、魚類では研究が遅れている。その理由は、ごく
微量の物質であり検出も難しかったこと、また明ら
かな欠乏症が見いだされなかったことなどがあげら
れる。魚類において様々な魚種について欠乏試験が
されてきたが、長期の試験をしても成長不良や貧血
などの症状は出るが、死亡したという報告は少な
かった。アマゴで高い死亡率が出るという報告があ
る一方、4ヶ月の飼育でも何ら影響なしというアメ
リカナマズの例もある。脂溶性ビタミンであり、欠
乏の影響が出にくいことはあるが、哺乳類と比べて
不可解である。このビタミンの魚類での働きを知る
ために筆者らは生体内分布について研究した。その
結果、おもしろいことがわかってきた。
ビタミンKにはビタミンK1と呼ばれるフィロキ
ノン(phylloquinone、PK)とK2と呼ばれるメ
ナキノン(menaquinone、MK)、K3と呼ばれるメ
ナジオン(menadione、MD)など多くの類縁物質
が知られているが、天然に存在するのはPK、MK
だけであとは人工的に作ったものである。MDは天
然ビタミンKの安価な代替として多くのものに添加
されている(図1)。PKは植物中で生合成され、野
菜や海藻などに多い。一方MKにはさらに側鎖の長
さ(図1でnと表されている)によりMK-4~1
4まであり、人工的にはどこまでも側鎖はつけられ
る。腸内細菌など微生物は側鎖の長いMK(長鎖の
MK)を作る。もっとも、生体内では代謝されMK
-4として使われている。
魚は生体内でPK,MKの合成は出来ない。では
魚はどの様にこのビタミンを得ているのか。
餌とビタミンK
魚は必要とするビタミンKの大部分を餌から摂取
するが、ビタミンKの量と組成は餌の種類によって
異なるため、取り込まれ、蓄積されるビタミンKは
餌の種類に影響される。たとえば植物プランクトン
にはPKが多いが、砂泥中のゴカイなどではPKは
少なく長鎖のMKが大半を占める。これを反映し
て、プランクトン食のマイワシなどはPKが多い。
底魚のカレイなどは長鎖のMKが比較的多い(図
2)。また配合飼料で飼育するとMK-4が多い。こ
れはMDが代謝されたものだと考えられている。ア
ユでも同様で、養殖魚と天然魚では全く異なり、天
然魚はPK、養殖魚はMK-4が主である。このよ
うに餌により生体内のビタミンKは異なっている
が、その同族体の種類や量は必ずしも餌の含有量と
一致していない。組織中に大量に蓄えるもの、それ
ほどでもないものなどの違いもあり、吸収率は変化
するようである。しかしながら、哺乳類と違い、腸
内細菌が産生するであろう長鎖のMKは生体内には
あまりみられない。魚類では腸内細菌の産生した物
より餌中のものを吸収していろようである。
生体内のビタミンK量は餌と密接な関わりがある
ことがわかってきた。魚種により、その食性との関
わりで吸収利用能に違いがあるのかもしれないし、
同じマイワシでも海域が異なれば含有量や種類も異
なるであろう。
生体内の働き
では魚はこのビタミンをどの様に使っているの
か。おそらく餌から取り入れたであろうビタミンK
は生体内組織では肝臓、生殖腺などに多く蓄えられ
る。腎臓などの組織にも見られるが、筋肉中にはあ
まりないものが多い。これらの生体内のビタミンK
の働きも複雑であると予想される。筆者らはマミ
チョグの飼育試験により条件によっては欠乏食で死
亡することもあるという結果を得た。詳細について
は検討中であるが、何らかの重要な働きをしている
ことは確実であろう。
ビタミンKは魚類においても重要な役割を持つこ
と、その吸収は同族体により、また魚種により異な
ることがわかってきた。同族体のちがいと機能発現
の差異については、哺乳類で研究が盛んだが長鎖の
ものは効力が弱く効力発現に時間がかかることなど
が発表されており研究途上である。魚類ではその影
響はどう出ているのであろうか。また吸収カに差が
あるのは何故か、どのように代謝されるのか、その
吸収と利用はどうなっているのか、興味の尽きない
ところである。
今後の課題
ビタミンKの摂取能は種による違いもまた餌によ
る違いもあり、同じ餌でも種により吸収できるかど
うかは違うであろう。これは環境が変われば摂取量
も変わることが予想される。魚は栄養価など考えず
にそこにあるものを食べているからである。また種
苗生産においても健康な種苗を作るためにこのビタ
ミンの何がどれほど必要かはまだ不明である。種に
よる特異性や、過剰症の問題も当然考えねばならな
い。また魚以外の水産生物についてはほとんど知ら
れていない。どの様な機能を発揮するのかも知られ
ていない。おそらく海草等を食べている無脊椎動物
はPKが多いと思われるが、有効に生体内で活用さ
れているのだろうか。水産生物のビタミンKの研究
は未開拓の分野でまだまだわからないことは多い
が、今後研究が進めば水産生物が生きていく上で必
要としている機能がわかるかも知れない。
(生物機能部生物特性研究室)
nrifs-info@ml.affrc.go.jp
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