pHが5.6以下の降雨を酸性雨と言うが、酸性雨に
より陸水域の酸性化が実際に生じ、魚がいなくなる
という事態が発生している北欧と違って、我が国の
陸水域が酸性化し、魚類に被害が出た、という報告
は今のところない。一方、我が国の酸性雨のpHは
北欧の酸性雨のpHと遜色なく、北欧並の酸性雨が
降っている、と言われている。なぜ、同程度の酸性
雨なのに我が国の陸水域の酸性化が起こらないの
か、については我が国の土壌は厚く、水中にCa、Mg
などを溶かし込み、水の緩衝力を強くしているから
だ、とされている。経済発展の予測から、近い将来
における中国大陸、朝鮮半島における化石燃料使用
量の爆発的増加は確実とされ、我が国の酸性雨への
これらの地方からの物質の寄与率が高いとされるの
で、現状より酸性雨のpHが緩和され、酸性雨の頻
度が少なくなる期待は極めて低く、期待と逆の方向
に進むのは確実である。
漁場環境研究室ではこの数年来、地球環境研究総
合推進費の「酸性雨」において温水性魚類を中心
に、成長段階による耐酸性の変化、精子の運動能、
受精、発生への環境酸性化の影響、水のpHが低く
なると土中から溶出してくるアルミニウム(Al)と低
pHによる複合毒性の水温・水の硬度との関係等を
調べてきた。その成果を披露し、将来日本にも発生
の恐れがある酸性雨による陸水域の酸性化が淡水魚
にどのような影響を与えるのかを知っていただく一
助としたい。
1.アルミニウム(Al)の溶出による酸性毒性の
上昇
Alは地球上に広く、多量に存在し、pHが酸性に
なると水中に溶出し、動植物に毒性を示すようにな
る。魚類への影響は植物への影響よりはるかに強
く、植物では数ppmで毒性がでるといわれるが、魚
ではその1/10から1/100の濃度、数百ppbから数十
ppbで毒性が出る。また、水にAlが入ってくると、
酸性単独による毒性よりも、はるかに強い毒性を示
すようになる。我々のデータ(図1)では平均体重
28gのコイが酸性環境だけではpH4.0で100%
が斃死する条件で、Alが1.6ppm入ってくると、
pH5.0で100%が死ぬようになり、pHで1.0も中
性よりでも斃死してしまうようになることが示され
た。
2.水温による酸性毒性の変化
飼育水温を10、14、18、25℃の4段階で
Alと酸性環境の毒性試験を行ったところ、興味あ
る結果が得られた(図2)。すなわち、10℃では
その毒性は低いが、14、18℃と水温が高くなる
に従って毒性が強くなった。しかし、25℃にな
ると毒性は低くなった。この結果はニジマスを
使ったPoleo et al.(1991)の結果「1~19℃の
間で、pH5.0におけるAlによる累積斃死率は水
温が高くなるほど、高くなる」とこの温度範囲では
一致した。一方、19℃以上でも良好に生育するコ
イにおいては、25℃という高水温において、毒
性は低くなり、興味深い。この機序の解明が待たれ
る。
3.水の硬度による酸性毒性の変化
水の硬度による酸性毒性の変化を知るために、水
の硬度を5、25、50、100CaC03
㎎/Lの4段階に
設定してAlと酸性環境の毒性試験を行ったとこ
ろ、硬度が低い程毒性が強く現れ、50、100CaC03
㎎/Lでは微弱にしか毒性は現れなかった。この結果か
らこれ以降の硬度を設定する実験は25CaC03
㎎/Lの
硬度を採用することとした。通常、河川の中流域で
は硬度が50CaC03
㎎/L以下であることはないので、
中流、下流での酸性雨による魚類への被害の心配は
少ないと考えられる。
4.酸性環境の中期的影響
発生初期段階はそれ以降に比べて、酸性環境によ
る影響を受けやすいことが知られているが、この弱
い時期に1ヶ月間低Al濃度での酸性環境に暴露さ
れるとどうなるか、についてはコイ科魚類ではまだ
知られていない。そこで、受精直後の卵から酸性環
境に暴露させて実験を行った。その結果6.0という
それほどは低くないpHでも、Alが0.05ppmという
低い濃度でコイを受精卵から暴露すると、約20日
で斃死率が対照より有意に高まることがわかり、条
件によっては比較的穏やかな環境酸性化でもその影
響が出現することが明らかになった。サケ・マスで
は同様な条件で10日間程度のより短時間で影響が
出ることが知られるが(Farag et al.1993)、コイ
科でも安心は出来ないということである。
以上の結果から我が国において、将来、酸性雨に
より陸水域が酸性化し、淡水魚に被害が発生すると
すれば、1.水の硬度が低い所、これは川の上流域
か一帯が水のしみ込みにくい岩石で出来ている地域
が通常は該当する。2.水温が極端に低くない時季
に発生しやすい、これは真冬ではない時季の方が発
生しやすいことを示す。3.孵化の時季に重なると
被害が大きく出る、ことになる。1.については山
間部の全国的な水の硬度の調査が必要であろう。あ
るプロジェクト研究で長野県千曲川上流域の硬度を
調べる機会があり、全硬度が10CaC03
㎎/L程度の
ごく低い硬度であることを知って驚いた次第であ
る。このような酸性雨の影響を受けやすい地域が全
国的にどの程度分布するのか、ぜひとも知りたいと
ころである。2、3については、春、雪解けの頃、
酸性成分を多く含んだ成分がまず、解けだして水の
pHがグッと低くなるときに(この現象をsnow melt
shockという)、孵化仔魚が遭遇すると被害が大きく
なることになる。このような状況が来ないことを願
うのであるが・・
(内水面利用部漁場環境研究室長)
nrifs-info@ml.affrc.go.jp
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