中央水研ニュースNo.17(平成9年9月発行)掲載 | ||||||||||
【研究情報】 低・未利用水産生物からの生理活性物質の探索
-ウニ残滓に含まれる血小板凝集抑制物質- 金庭 正樹
海洋生物は陸上生物に比べるとその形態や生態が 極めて多彩で、中には陸上生物に見られない代謝系 を持つものもいる。また、それらの代謝産物にはヒ トをはじめ他の生物に対して生理活性を示す物質が 見出されており、食品素材のみならず医薬品あるい は工業原料としての新規物質の発見が期待される。 水産資源よりこのような新規生理活性物質を探索 し、それらを医薬品や機能性食品の素材として利用 していこうという研究は、現在、世界中の多くの研 究機関で行われている。例えば、カリブ海産のヤギ 類に含まれる抗炎症活性を持つジテルペン配糖体、 クロイソカイメンに含まれる抗癌化合物のポリエー テルマクロリド、フサコケムシの抗癌物質など特異 的な構造を持ち、強力な生理活性を有する新規物質 が発見されており、すでに臨床試験に供されている ものや研究用試薬として利用されているものもある 1)。 今後のこの方面の研究の進展によってはさらに 新たな有用生理活性物質が見つけだされる可能性が ある。 一方、水産資源の中には深海生物などの漁獲の対 象となっていない生物や海洋微生物など、未利用の 生物がまだまだ多く存在する。また、現在利用され ている生物の中でも魚類の頭部や内臓、エビ、貝、 ウニの殼など利用されずに加工残滓として廃棄され る部分も多い。加工残滓については海洋投棄による 環境汚染が心配されるほか、加工業者はその処理に 多大な労力をさいているのが現状である。このよう な未利用生物や加工残澤などの低・未利用水産資源 から有用な生理活性物質を見つけだし、その有効利 用法を開発することは、新たな産業を創出するとと もに、水産業の活性化や地球環境の保護につながる ことが期待される。 我々の研究室では海洋生物からの有用生理活性物 質の探索と低・未利用資源の有効利用法の開発の2 つの目的のため、血小板凝集関連物質を水産未利用 資源であるバフンウニの殼及び内臓より探索し、そ の利用方法を検討している。血小板凝集関連物質に は、血小板の凝集を引き起こす血小板凝集惹起物質 と、血小板の凝集を抑制する血小板凝集抑制物質が ある。これらのうち、血小板凝集抑制物質は血栓症 の原因の一つである血小板の凝集を抑制するため、 血栓症予防薬としての利用が期待される。現在まで に、ワサビやキノコなどの陸上植物にその存在が報 告されている2,3) が、水産生物での研究例はまだ少ない。 そこで、まず、血小板凝集関連物質探索の指標と してラット血小板の凝集能を利用した評価系を確立 した。血小板凝集の測定は以下のように行う。まず ラットの大動脈から採血した血液を1分間あたり900 回転で遠心分離して血小板を多く含む血漿(多 血小板血漿)を得る。次に多血小板血漿を分別し、 残りの血液をさらに1分間あたり3500回転で遠 心分離して血小板を含まない血漿(貧血小板血漿) を得る(図1)。多血小板血漿は血小板が浮遊して いて濁っている液体で、一方、貧血小板血漿は血小 板を含まないため澄んだ液体である。多血小板血漿 にコラーゲンやアテノシンニリン酸などの血小板凝 集惹起物質を添加して血小板の凝集を引き起こす と、凝集塊が生成して血漿の光の透過度が増す。対 照である貧血小板血漿の透過度を100%、凝集前 の多血小板血漿の透過度を0%として、凝集による 透過度の変化をアグリゴメーターという装置で測定 する(図2)4)。 実際の探索では、まず、生体から の抽出物などの試験物質を多血小板血漿に加え、こ の時点で血小板の凝集が起こればこの物質には血小 板凝集惹起活性があるということになる。また、試 験物質を加えても血小板の凝集が起こらず、さらに 既知の血小板凝集惹起物質であるコラーゲンやアデ ノシンニリン酸を加えても凝集が起こらなかった り、試験物質を加えないものに比べて凝集率が低 かったりした場合、この物質には血小板凝集抑制活 性があるということになる。 この評価系を用いて、バフンウニの殼及び内臓の メタノール抽出物について試験したところ、この抽 出物中に強い血小板凝集惹起活性が存在することが 明らかになった。この活性はエーテルと水による溶 媒分画によって水溶性画分に分画された。ゲルろ過 によってさらに分画した後、陰イオン交換クロマト グラフィーに付し、吸着された画分に血小板凝集惹 起物質を濃縮した。最終的には高速液体クロマトグ ラフィーにより、この物質が既知の血小板凝集惹起 物質であるアデノシンニリン酸であることを明らか にした。一方、陰イオン交換クロマトグラフィーに よる血小板凝集惹起物質の分画の際に、吸着されな かった画分が血小板の凝集を抑制したため(図3)、 血小板凝集抑制物質が存在することが示唆された 5)。 現在、この血小板凝集抑制物質の単離精製を試み ており、今後さらに構造を明らかにして、その機能 と構造との関係、構造改変による活性の強化、生産 法の開発などを検討していく。 (利用化学部高分子化学研究室)
参考文献
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