中央水研ニュースNo.16(平成9年4月発行)掲載 |
【情報の発信と交流】 船舶衛生管理者講習を受講して
上田容之
「船乗り」とはおよそ結びつかない講習を受けました。 「医療」という「水産学」とはまったくの異なった分野 なので「中央水研ニュース」に取り上げて頂くのもいさ さか気が引けますが、船員の一つの資格で誰もが少なか らず健康に関心を持っているかと思いますので紹介しま す。 船舶衛生管理者の職務は船員の健康管理・船内の環境衛 生保持であり、「船員法」および「船舶に乗り組む医師 及び衛生管理者に関する省令」により長期航海する船舶 や漁労に従事する船舶などには衛生管理者を選任するこ とが義務付けられています。特に海上において船員が負 傷あるいは疾病した時にはすぐに医師の診断や治療が望 めないため保健衛生に関しての専門知識を有する衛生管 理者が無線電報等により医師の指示を受け応急処置を施 します。現在蒼鷹丸では看護士が乗船しその業務にあ たっていますが、水産庁の場合看護士が乗船していない 船舶では航海士が担当しています。本講習ではその国家 資格を取得することが目的です。 「ええ女の子を見つけてこい」「親の紹介で見合いし てこい」などという乗組員の心優しき言葉に送られての 地元神戸への出発。講習会は1年に3回、気仙沼・横浜 ・神戸で定期的に開催されます。場所は掖済会病院の中 にある会議室で、病院と言うとすぐに“白衣の天使”を イメージしウキウキしてしまいますがこちらは健康な身、 病院側には迷惑をかけぬ様お達しがありました。講義は 労働生理・船内衛生・食品衛生・疾病予防・保健指導・ 薬物・労働衛生法規の7科目があり、掖済会病院の医師 や神戸市の衛生局・保健所の方々が担当されます。受講 者の方は全国各地から20代から50代までのタンカー ・漁船・官庁船の船員で計7名という少人数。以前は 30名ぐらいだったそうですが年々減少しているとの事 です。 平成8年11月5日に始まった講義は計126時間、 12月4日まで1ヶ月にわたる長丁場です。私自身学生 時代以来落ち着いて机に向かったことはなく果たして 1ヶ月もの間耐えられるだろうかという不安、船とは全 く違う話が聞けるという新鮮さ、はたまた12月6日に 行われる国家試験には合格せねばという義務感のような もので複雑な気分でした。講義自体、テキストに沿って 病気の予防や処置、船内作業の注意など基本的なもので したが、特に応急処置の時には患者にはどのような病原 体が潜んでいるのか解らないので看護する側は経口感染、 血液感染には十分注意するようマスク、手袋の着用を強 く言われました。実際に病院内でも各病室の入口には消 毒液が設置され院内感染の予防が行われていました。ま た、皮下注射の練習では院長立ち会いのもと2人ペアに なって生理食塩水を注射するのですが、打つ方も不安顔。 打たれる方も不安顔、院長先生だけは「もっと深く針を 刺しなさい」と可愛げのない事を言われる。素人にとっ て他人の腕に針を刺すのは度胸のいる行為です。心臓 マッサージは人命に関わる事なのでビデオを観て気道の 確保、圧迫する位置・強さなど細かにチェックし人形を 使って繰り返し行いました。病院においても患者の身内 の方が「今行きますから命だけはなんとか...」と言う ことがあり医師が交代で3~4時間も恵者をマッサージ し続けるそうです。その外科の先生は講義後に手術があ るらしく「これから肝臓切ってくるから今日はこれで終 わり」と料理でもするかのようにさらりと言ったのが印 象的でした。 入庁して6年が経ちますが少なからず病気や傷病があ りました。洋上で患者が出て緊急に入港したこともあり ます。船の運航と同様に突然の事態にはできる限りの適 切な対処が必要だと思っています。 最後になりますが、薬物の先生が「クスリは使い方を 誤ればリスクになる」と含蓄のあることを言っておりま した。座薬を渡して翌日に「座って飲んできました」と 言う人もいるそうですが、これは常識外れでしょうか、 時代の趨勢でしょうか。 (蒼鷹丸三等航海士)
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