中央水研ニュースNo.16(平成9年4月発行)掲載

【研修と指導】
日本水産資源保護協会巡回教室
井口恵一郎

 日本水産資源保護協会巡回教室は各県において開催さ れ、日本水産資源保護協会から水産資源保護啓蒙研究活 動推進委員として委託を受けた講師が派遣される。県と 日本水産資源保護協会により主催され、県漁業協同組合 連合会の共催になることが多い。会場には水産試験場の 会議室をはじめとして時に応じてさまざまな施設が使用 されるが、漁協の二階の畳敷きの広間で行われたことも あった。リラックスした雰囲気の会場ほど、参加された 方々から熱い討論を引き出せるような印象を持っている。 受講者には、漁業協同組合員、市町村行政担当者、県 行政研究関係者が含まれる。現場に最も近いところで水 産増殖に携わっている方々が大勢を占める。漁協関連で は組合長さんの出席率が高く、迫力のある顔ぶれになる。 そこで講師は予め与えられたテーマについて、啓蒙の趣 旨に則って話をすることが要求される。今日的な問題が 中心となるが、生産活動上の利害に直結するような方向 に話題が向かうこともある。そうした場合は決まって緊 張を強いられる。しんどい仕事を引き受けたと、後に なって思うことがある。
 私は「水産資源の持続的利用のための生物的基盤の解 明」というテーマで、アユを主な対象として仕事を進め てきた。アユは内水面を代表する魚種の一つであり、漁 業者・遊漁者を問わず高い関心が寄せられている。現在、 アユの資源水準は減少傾向にある。治水・利水を優先さ せた河川開発が、残念なことにアユの生息水域を減少さ せたことが背景の一つに挙げられる。漁場を確保するた めに全国のあちらこちらで行われるアユの種苗放流は、 対症療法的ではあるにせよ、今や重大な事業である。
 放流が軌道に乗っていれば問題はないのだが、放流成 果は年により川によりあるいは種苗によりバラツキが大 きく、安定した漁場経営には至らないのが現状である。 このあたりの事情を理解した上で、「何かいいアイデア は?」というのが、講演依頼の動機であることは容易に さっしが付く。しかし、私にできることと言えば、アユ の行動や生態の話に限られる。アユ漁は友釣りと呼ばれ る特殊な釣法に支えられており、友釣りの成立にはアユ のなわばり形成が不可欠な条件である。そこで、私の役 目は、アユのなわばりを生物学的な視点から解説させて いただくことと理解して、話に臨むことにしている。
 いざ話を始める段になると、戸惑うことが多い。話が 面白い面白くないは別にして、はたして私の話が理解さ れているのかと不安に陥ることがある。居眠りをされて いるわけでもないのに、聴いてくださる方の反応が鈍い 時はなおさらである。堅苦しい言葉を多用しているせい かも知れない。学会や研究集会などで話をするときには 意識することはないが、いわゆるテクニカルタームと呼 ばれる言葉を連発していることはよくある。共通の認識 を欠いた言葉では伝えたいことが伝わらなくても仕方の ないことで、反省すべき点である。
 気の利いたジョークを交えながら話を進めることがで きれば申し分ないところであるが、私にはそのような才 能はない。長い話につきあってくださる聞き手の皆さ んの忍耐力にすがるのも辛いものである。そのような時、 視覚機材の活用は大きな助けとなる。スライドやOHP、 そして近頃はビデオも併用する。白黒で字がいっぱい詰 まったものよりも、作るのは面倒であるがイラスト調の カラー図版の方が好ましい。散漫になりかけた空気を グッと引き締めるような使い方ができれば、効果てきめ んである。
 研究者の仕事は、研究から得た成果を公表し、広く理 解を求めることでようやく完結する。一般に還元できる 内容を模索することは重要なことである。しかし、実際 に研究分野で自らの役割を演じている者にとって、研究 者以外の人と接する機会は豊富にあるわけではない。そ ういう意味で巡回教室に参加させていただくことは、私 にとって貴重な体験である。実を言うと、水産の先達に 囲まれ、勉強させていただいているのは、私自身である。
(内水面利用部魚類生態研究室)

nrifs-info@ml.affrc.go.jp
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