金沢湾の生態系を考える-神奈川県研究人材活性化対策事業に参加して-
【研修と指導】
金沢湾の生態系を考える
-神奈川県研究人材活性化対策事業に参加して-
佐々木 克之

 神奈川県では、研究人材を育成する標記の事業があり、今回松川室長(海洋生産部低次生産研究室) と私が講師として参加したのは、「生態系活用技術」というテーマで短期集中研修するコースで、9月 に各1日を使って、「干潟の物質循環」(佐々木)、「干潟の研究とミチゲーション」(鹿島建設技 術者)、「砂浜域の生物環境」(防衛大学校教授)および「浅海域の流動が生態系に与える影響」( 松川)の4課題であった。
 中央水産研究所にとって身近な湾である金沢湾(図)が、東京湾の漁業生物の稚仔魚の生活に大切 な場である可能性があり、我々はこの問題を神奈川県水産総合研究所と一緒になって明らかにしたい と考えている。金沢湾には東京湾の神奈川側で唯一の自然干潟である野島海岸と海の公園として親し まれている人工海浜があり、この二つの干潟の役割が注目される。水産庁保全課は、全国的に干潟が 喪失しつつある現状を考慮して、干潟およびそのミチゲーションとしての人工干潟の稚仔魚の保育機 能と浄化機能を明らかにする事業を今年度より5年間の計画で始めたが、金沢湾の二つの干潟もこの 事業の対象となっていて、神奈川県水産総合研究所が調査を担当する。この調査を進めるにあたって 我々の知見、経験を研修するのが主たる内容であった。
 私の場合は、東京湾漁業において金沢湾が重要である可能性、三河湾の研究に基づく干潟の浄化機 能および保育機能を概説して、ついで浄化機能把握のための具体的手法であるボックスモデル解析や 分析方法を金沢湾に即して提案し議論した。その内容を簡単に述べると、ボックスモデル解析により 窒素など物質の流れを把握して、該当干潟水域における物質除去機能(浄化機能)を見積もるととも に、プランクトン、海藻類および底生生物などの生物量と成長量を明らかにして、窒素などの物質の 循環量を把握することが、干潟域の浄化や生産の機能を解明する上で重要であるということである。 具体的な調査については、金沢湾への窒素などの流入量をどのようにして把握するのとか金沢湾と東 京湾の間の物質交換の把握方法などは、松川室長の講義で詳しく述べられた。干潟における付着藻類 などの生産力、脱窒素反応による窒素の除去、アオサへの窒素の蓄積などは三河湾の干潟で重要であ ることが判明した問題である。とくにアサリなどの二枚貝は水中のプランクトンなどの懸濁物質を除 去する上で重要な役割を果たしている。稚仔魚の調査は水総研が得意の分野である。
   松川室長は、生態系の理解には海流の運動学的メカニズムの理解だけでなく、流れが物質を輸送す る機能を評価することが重要なことを述べ、三河湾や一色干潟における各種の流れ(密度流、潮汐流 、吹走流)とそれらが担う物質輸送機能の解析方法と解析結果を紹介した。流れの問題を分野外の人 が学習するのは大変であるが、松川室長の話はわかりやすいと定評があるのできっと好評であったに 違いない。松川室長も金沢湾における水総研の生態系調査の設計について論議した。
 金沢湾が浄化機能も高く、稚仔魚の保育場として重要であることが明らかになれば、この湾が東京 湾の湾口近くにあり、かつ東京湾側では神奈川県に残された貴重な干潟ー浅場域なので東京湾漁業に もおそらく重要な場であると推定できる。平潟湾を浄化する市民運動が盛んで、横浜市も力を入れて いるが、この事業で金沢湾の重要性が浮き彫りになれば、金沢湾の環境を守る意義も一層明らかとな り、環境浄化対策にも力が入ることと考えられる。今回の研修が、そのような道に続くことを期待し 、また可能な限り調査などに協力していきたい。

(海洋生産部物質循環研究室長)


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