中央水研ニュースNo.15(1997(H9).1発行)掲載

【研究情報】
平成8年度希少淡水・汽水魚類増養殖試験研究連絡会議の概要
杉山元彦

 近年、自然環境の悪化等のため、水生生物も含めて多くの野生の生物種が絶滅に向かいつつ あることが広く知られるようになり、生物多様性に対する社会的な関心が高まっている。また 、希少魚の生息が水産資源を支える水域生態系保全の指標のひとつとなることもあって、多く の水産試験研究機関が希少水生生物の保護や増養殖に関する研究にも取り組み始めた。この様 な情勢をうけて、これらの研究を効率的に推進するために、組織的な情報の交換と知見の取り まとめの場として、中央水産研究所所長が主催する希少淡水・汽水魚類増養殖試験研究連絡会 議が平成4年度から開催されることになった。
 平成8年度の連絡会議は10月15日に長野県上田市の上小漁業協同組合の会議室において、道 府県の水産試験研究機関、水産庁、全国内水面漁業協同組合連合会、日本水産資源保護協会及 び中央水産研究所の計37機関、52名が参加して開催された。
 今回の会議では、中央水産研究所所長及び水産庁漁場保全課生態系保全室室長から、研究を めぐる昨今の情勢も踏まえた挨拶があった後、希少生物の増養殖に関する試験研究の実施状況 について、20道府県(希少水生生物保存対策試験事業に参加する15道府県の平成7年度研 究成果及び平成8年度計画の報告を含む)から報告が行われた。その内容の多くは、各道府県 内に分布する希少魚の生態や生息環境及び増殖試験に関するものであった。今回の会議での報 告により、希少水生生物の保護に、水産試験研究機関が蓄積してきた増養殖技術の活用が有効 である可能性が明らかにされた。しかし、ミヤコタナゴやイワナのように、同一の希少種を複 数の道府県が別個に試験対象としていることなどから、中央水産研究所としては希少魚に関す る情報センターの機能を強化し、道府県間の研究連携を促すなどの積極的な調整策を講じる必 要があると考えられる。このため、今後は会議に先立って、問題点や都道府県のニーズを把握 するとともに、それらの対応方向について整理するなどの方策を講じていきたい。
 一方、希少魚に関する試験研究が多くの水産研究機関で生態系を保全し、かつ利用する立場 から実施されているにもかかわらず、その研究推進方向の認識や理解の統一が不充分であれば 、今後の研究ニーズの動向に的確に応えられなくなる恐れがある。
このため、平成8年度内水面(中央ブロック)水産業関係試験研究推進会議では、「希少生物 の系統保存における遺伝的多様性の保全」を今後の主要な戦略的研究課題として取り上げるこ とが確認された。
 これを受けて、今回の会議では、その戦略的研究課題の具体化を目的とした「戦術」部分の 意見交換及び検討を行った。
 まず、中央水産研究所内水面利用部の細谷和海魚類生態研究室長から「希少生物の遺伝的多 様性の保存方法について」と題して話題提供があったあと、以下の3点に焦点を絞り論議を進 めた。
種及び遺伝的多様性の早急な分析の必要性
近交弱勢の抑制を目的とした、多様性の保存手法・態勢の確立
生息個体数の回復手法
 これらの論議を通じて、希少魚の遺伝的多様性保存の重要性についての認識は共通している ことが確認された。また、具体的な保護戦術としては、各道府県内に分布する希少水生生物の 集団遺伝学的な解析及び地方集団ごとの系統保存が有効と考えられた。しかし、アユのように すでに産業として放流が前提となっている魚種も多く、これらの魚種については、地方集団ご との遺伝的多様性の分析を急ぐとともに、母川放流システムの整備を図ることも必要ではない かと考えられる。さらに、精子の凍結保存等、遺伝資源の保存手法やその態勢の確立を図る必 要もあると思われる。
 また、今後は、各都道府県が地方集団ごとの遺伝的なものも含めた生物多様性の調査、分析 及び増養殖に関する試験研究を引き続き担当し、中央水産研究所は例えば「生態系における生 物多様性維持機構の解明」等の基盤的な研究を担当するといった研究連携態勢の確立にも努め ていきたいと考えている。

(内水面利用部長)


Motohiko Sugiyama
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