組換えDNA実験指針が平成8年3月に改訂された。これを受けて5月24日に農林水産技術会議事務局筑波事務所で科学技術庁ライフサイエンス課から改訂内容の要点について説明があった。「組換えDNA実験指針」は我国での組換えDNA実験と動植物への遺伝子導入実験の安全性を確保するために昭和54年に策定され、今回の改訂は4年半ぶり10回目となる。最近の組換えDNA実験技術の進展や安全性に関する新たな知見の蓄積を踏まえ、ウイルス等を用いる実験や外国で作製された組換え動植物を用いる実験を中心として指針の見直しが行われた。主な改訂事項は以下のとおり。(専門用語は注を参照)1.ウイルス等(真菌類を除く真核生物のウイルス及びウイロイド並びに脊椎動物の原虫)を用いる組換えDNA実験については、「ベクター」1)にウイルスを用いる実験又は感染性ウイルス粒子が生じる実験はこれまでどおりウイルス等実験として区分される。しかし、それ以外はウイルス等由来のDNAを用いる実験でもウイルス等実験から外され、より安全度が高いと判断される培養細胞等実験として区分される事になった。これに より、ウイルス等由来のDNAを用いる実験で、これまでは科学技術会議ライフサイエンス部会の個別審査で承認されなければ実施できなかった実験の一部が、試験研究機関毎に設置されている安全委員会での承認により実施可能となった。
2.昆虫培養細胞(分化を目的としないものに限る)を「宿主」2)としバキュロウイルスをベクターとする宿主ーベクター系が、生物学的安全性が極めて高い「認定宿主ーベクター系」3)に加えられた。この系は組換えタンパク質の生産によく利用されているが、ウイルスをベクターに用いるためウイルス等実験である(上述1参照)。これまでは認定宿主ーベクター系に含まれなかったため、実験の実施には科学技術会議ライフサイエンス部会での個別審査が必要であったが、今後は多くの場合試験研究機関の安全委員会での承認で実施可能となる。
3.外国で作製された組換え動物及び組換え植物を用いる実験については、これまでは一律に科学技術会議ライフサイエンス部会での個別審査が必要であったが、今後は国内において作製された組換え動物および組換え植物を用いる実験に準じた取り扱いとなった。
4.別表1(実験に用いる微生物の安全度分類)、別表2(実験にDNA供与体等として用いる真核生物のウイルス及びウイロイドの安全度分類)、別表3(実験にDNA供与体等として用いる脊椎動物の原虫の安全度分類)に変更が加えられた。日本住血吸虫のGST4)遺伝子を用いて大腸菌にGST融合組換えタンパク質を発現させる実験は、これまでは日本住血吸虫の安全度基準が別表3に示されていなかったため科学技術会議ライフサイエンス部会での個別審査が必要であったが、今後は多くの場合試験研究機関の安全委員会での承認で実施可能となる。
組換えDNA実験の安全性は、宿主ーベクター系を実験条件外では生存、感染しないように工夫する生物学的封じ込めと、組換え体が実験室外に出ないようにする物理的封じ込めの2種の封じ込めを組み合わせることで確保されている。組換えDNA実験指針は行おうとする組換えDNA実験の安全度評価の基準と封じ込め方法の基準を示したもので、今回の改訂により最近開発された新しい実験手法に対しても基準が示された事になる。 セミナーではこの他、「農林水産分野における組換え体の利用のための指針」の運営方針、特に組換え植物の野外試験について農林水産技術会議事務局バイオテクノロジー課から説明があった。
注1)ベクター:細菌のプラスミドや細胞へ感染するウイルスのDNAを加工して作った遺伝子で、これに目的とする遺伝子を組み込んで細菌や細胞に取り込ませる。
2)宿主:ベクターや目的とするDNAを取り込ませる細菌、細胞、動植物のこと。
3)認定宿主ーベクター系:これまでの研究で安全性が非常に高いと認められている宿主とベクターの組み合わせのこと。
4)GST:グルタチオンーSートランスフェラーゼの略。目的タンパク質をこの酵素との融合タンパク質として生産すると、精製等が容易になる。(生物機能部分子生物研究室長)