【研究情報】

水辺生態系の保全をめぐる欧州生態工学調査へ参加して

細谷和海
はじめに
 近代文明の発展にともない地球環境は著しく悪化し、環境問題は全世界的な関心事となっている。同様に、わが国の河川においても治水・洪水対策を目的とした改修、コンクリート護岸化、河口堰や砂防ダムなどの横断工作物の構築により、水辺の自然環境は著しく損なわれ、河川は魅力のない無機的な構造に変貌している。さまざまなビオトープが消失し生物多様性を減じた結果、多くの河川は生態学的に病んでしまっている。そのため、自然保護のみならず人類の生活権保護の見地から、水辺の自然環境の保全や復元が強く望まれている。生態系に影響を与えない自然環境に優しい工法の開発が、建設サイドの急務となっている。一方、経済的発展や社会の成熟にともない、河川を食糧増産の場と見なしてきた従来の水産的認識は、釣りやジョギングをするためのレクリエーションの場から、自然を学ぶための理科教育の場、都会人の精神のより所や憩いの場までをも想定した、きわめて多様なものに変化している。これら社会的要請の高まりや変化のなか、内水面研究に求められる目標もまたおのずと変わろうとしている。

 西ヨーロッパ諸国は1970年代以降環境問題へ積極的に取り組んでおり、法規制を強化すると同時に、すでにさまざまな分野で近自然工法技術の開発と実用化に成功している。平成8年6月8から22日、建設省の外郭団体である財団法人ダム水源地環境整備センターが主催する欧州生態工学調査のメンバーとして参加することができたのでその概要について報告する(写真1)。本調査は、フランス・スイス・ドイツにおける水辺の自然環境保全と復元状況を視察することにより、 さまざまな角度からわが国の内水面開発と管理のあるべき姿について再検討することを目的としている。

調査地の概要ならびに調査記録
 今回の調査を通じ、環境保全への取り組みについてさまざまな貴重な情報が得られたが、そのうち著者が認識を新たにしたラムサール条約指定地内における機能分担、私企業によるミチゲーション、および自然復元の事例を以下に紹介したい。

 フランスの地中海沿岸部ローヌ川河口部にできたカマルグ三角州は、広大な汽水性湿地帯を形成し(写真2)、ラムサール条約指定地としても有名である。三角州は約1万年前に形成され、165,000haの面積を誇り、フランス沿岸保存庁によって完全管理されていた。三角州は、自然保護区(約20%)や塩田(約20%)のほか実験的な農業用地や工業用地も見られた。沿岸保存庁は、フランス全土の海岸線や湖岸の自然環境の保全を業務としており、すでにカマルグを含む国内の334カ所、面積44,334ha、総沿岸長622kmを確保しているという。カマルグの湿地の自然保護区内にはラ・トールド・バラ生物研究所があり、70名のスッタフが鳥類をはじめとした動物、植物、および水理研究に励んでいる。彼らは、保護区内に農場や牧場を作って自然生態系と比較するなど、純粋な生態学と言うよりはむしろ保全生態学的姿勢を貫き、自然環境への人為の影響を科学的に裏付けているように見えた。世界的に見てもても重要なカマルグの湿地帯は、管理担当の沿岸保存庁と研究担当のラ・トールド・バラ研究所による見事な機能分担と連携により維持されていた。

 スイス・ロイス川はライン川の支流で、延長がわずか48Km、平均勾配が5.5%もある山岳急流河川である。途中、ウルナー湖へ注いでいる。ここは、economyの開発とecologyの再生との調和が成功したモデル地域として注目されている。かつて河口には広大なデルタ地帯が存在したが、19世紀中頃に大規模な河川改修を受けた結果、蛇行河道は完全に直線化されデルタは著しく退縮したという。1987年に100年確率規模の洪水に見舞われ、ロイス川は3カ所で破堤してしまった。この大洪水を契機に、ロイス川の自然復元プロジェクトが立案された。すなわち、河川改修に積極的に近自然工法を取り入れるとともに(写真3)、河道を自由化させ、河口にはウルナー湖で砂利の採取権を持つ私企業のミチゲーション(開発によって失う自然を他地で再生させる代償行為)によって自然度の高いデルタ地帯が復元されていた。本プロジェクトにかかわるすべての経費は、この私企業によってまかなわれている。注目すべきは、私企業の営利活動と河川の自然環境復元を調整した点と、地域住民が計画段階から自然復元プロジェクトへ加わり、直接投票の裁定の一方で彼らにも責任を負わせる点にある。

 ドイツ・バイエルン州のレッヒ川には4基の多目的(主として発電用)ダムが設置され、その代償として自然環境の保全と復元に対する種々の試みがなされていた。貯水池と周辺部は自然度の高いものから順に、自然保護区、景観保全区、自然公園にゾーニングされている。自然保護区へはいかなる者も立入が許されていない。貯水池は自然復元地域とレクリエーション地域に分けられる。自然復元地域では中の島と浅瀬を造成することによってビオトープを復活させている。自然復元地域に隣接するレクリエーション地域は日光浴、水泳、ボートなど地域住民のための憩いの場となっている。ミチゲーションの効果を測るために、電力会社には恒常的にモニタリングを行い、5~10年ごとの生物相調査報告書の提出が課せられている。第20景観保全区では、魚類採集によって、Barbus barbus, Gobio gobio, Alburnus alburnusなどコイ科を主体とした多様な魚類相を確認した。自然の保存状況に合わせて機能の異なる地域を計画的に区分することによって、自然保護と地域開発の共存を計ろうという姿勢は、遊魚を新たな内水面漁業の開発目標とする水産サイドとしても無視できないように思えた。

 同じくバイエルン州ではアルトミュール川を塞止めて造られたアルトミュール湖、ブロンバッハ湖、ローツェ湖が、運河を介して一列に低く並んでいる。北バイエルン地方は、年間降水量が約600mmと少ない。そのため、これらの人造湖はラインーマインードナウ運河を通じて水を供給することを目的としており、ブロンバッハ湖は依然造成中である(写真4)。各湖の水位や分水量は、コンピューターで完全に制御されている。また、分水のみならず、自然保護区と保養区を設けて環境整備にも力を入れている。自然保護区の造成には、必要最低限の下地の整備だけに留められており、後は自然の回復力にまかせる方法が採られていた。実際に、アルトミュール湖では、浚渫によって生じた土砂で中の島を造成した後、放置。現在では、希少種のヨーロッパビーバーやカワウソが戻り、渡り鳥の重要な中継地にもなっている(写真5)。さらに淡水魚類は20種まで増加し、本調査でも Rutilus rutilus の繁殖を確認することができた。アルトミュール湖の自然保護区は、すでに人造湖とは到底思われない多様なビオトープを創出している。この方法を、わが国の大型のため池整備における生物多様性の保全策として採用すれば、きわめて有効であると期待される。

調査を終えて
 今回の視察を通じ、ヨーロッパにおける水辺の楽しみ方は、あくまで自然回帰を目的とした憩いの場として利用しようとすることにあり、水辺をレジャーランド建設のようなリゾート開発の対象としがちなわが国の場合と、根本的に異なっているようにも思えた。日本から同行した建設サイドの技術者によれば、近自然工法におけるヨーロッパの技術レベルは、わが国のそれよりかならずしも先をゆくというものではないという。したがって、水辺の利用をめぐる両者の意識の違いは、技術的な問題を越えた、自然環境全般に対する認識の違いに基づくものと考えられた。ヨーロッパでは、1970年代当初から芽生えつつあった環境保全の気運が、1973年のオイルショックを契機に一挙に高まっている。その背景には、天然資源は有限であり、エネルギー・人口問題はそれに規制されるという”成長の限界説”にあると言われている。事実、1972年にストックホルムで行われた国連人間環境会議では、すでに水や大気の汚染と健康被害について議論され、さらにドイツでは1976年に法政化、スイスでは1973年に国土整備法、1983年に環境保護法、1991年に水質保全法がそれぞれ施行されていった。ヨーロッパでは全般的に、景観保全が重要な整備目標となっている。というのは、人の目に映る良好な景色は、それをしからめている土地の個性、地史、気候、生物の作用、そしてそれを管理してきた人間の伝統的な営みによる総合的な結果であるからという。その具体策であるランドシャフトプラン(景観保全計画)は、ドイツ・デュッセルドルフ市のような都市部で特に重視される傾向にある。人工的に造られた歴史のないビオトープも自然保護区にしてしまうのは、彼らの危機感の現れかもしれない。反面、生物多様性の分析や生態系そのものを検証する姿勢がなおざりにされているようにも感じた。ただし、バイエルン3湖沼群やクサンテン河跡湖で見られたように、環境整備に自然の治癒力を活用することは、外来種の人為的移植が伴う生態系攪乱や遺伝的汚染を招く可能性がないので、生物多様性保全のうえで我々が学ばなければならない事例と思われた。

 ヨーロッパの特徴は、国が目標とする環境保全を行政、工学、生態学がうまく連携し、住民を巻き込んで実施に移すところにある。今回の調査を通じ、日本から同行した建設サイド、とりわけ若手の技術者による生態学への積極的な歩み寄りを感じとることができた。内水面の自然環境を改変しようとする側との対峙関係は常に維持しなければならないが、日本の河川を適切に管理するためには水産サイドからも歩み寄り、両者が協力していくことが望まれる。21世紀は、本格的な親水時代、ビオトープ時代の到来とも言われている。それに向け、河川工学と水産学の接触の輪がますます広がることを願う。さらに、希少種を含む水辺の生物多様性を保全するためには、これらの学問領域を核にさまざまな分野をつなぐネットワーク作りが不可欠である。そのなかで、今回のヨーロッパ視察で得られた体験を生かすためにも、水産研究者として従来よりは広い視点に立って環境保全に取り組んでいきたい。

(内水面利用部魚類生態研室室長)


写真1. フランス・カマルグ湿地帯自然保護区ゲート前の調査団.
 前列左より、足立部長、桜井(団長)、伊藤、水野(元愛媛大)、細谷(著者)。後列左より、末松、勝野(日大)、グリーア博士(ラ・トゥールド・バラ研究所)、池渕(京大)、西本、松井(京大)、宮崎、岡崎、および赤尾の各氏。肩書きなしはすべてセンターの職員。


写真2. カマルグ湿地帯.


写真3. 近自然工法整備中のスイス・ロイス川.


写真4. 造成中のドイツ・ブロンバッハ湖.


写真5. 浚渫土で造成し野鳥の楽園となった中の島(ドイツ・アルトミュール湖).


写真6. ”駐車中はエンジンを切れ”のスイスの標識.