【研究情報】

TAC制度下での底魚類の資源量推定調査について

小林時正


急がれる我が国周辺海域での資源調査手法の改善
 平成8年7月20日は第16番目の国民の祝日となった「海の日」である。実はこの日は我が国での国連海洋法条約が発効したその記念すべき日でもある。海洋法第61条によって我が国排他的経済水域(200海里水域)内の生物資源に漁獲可能量(TAC)が設定され、漁獲量制限による漁業管理が実施されることが法的に定まった。そして平成8年10月2日の中央漁業審議会で「海洋生物資源の保存及び管理に関する基本計画」が承認され、平成9年1月1日からの年間漁獲量(TAC)が、サンマ、スケトウダラ、マアジ、マイワシ、サバ類(マサバ、ゴマサバ)及びズワイガニについて初めて定められた。これまでも資源管理型漁業では漁業者による漁獲量の自主規制が行われてきたが、国による漁獲量の公的規制は初めてであり、我が国漁業にとって大きな変革期を迎えたといえる。

 ところで、TACの科学的根拠となるABC(生物学的許容漁獲量)算定のため、平成8年3月末までに全国6つのブロックで資源評価会議が開催され、我が国周辺に分布する42種89系群の評価対象群について資源状態を評価し、それに基づいて、ほとんどの評価対象群で初めてのABCが算出された。しかしながら資源評価を実施するにあたり、同一魚種において、資源量推定の調査方法及び解析方法、並びに解析に用いるパラメータに違いがみられ、系群間での管理基準や算定手法の違いがABCの算定値に取り込まれてしまうこととなり、調査手法や解析・評価手法について明らかに調整を要する事項もあった。このため、7月に臨時の推進会議資源管理部会を開き、手法等の改善について検討したところである。主要な検討事項としては、①各魚種に適した資源調査方法、評価解析手法について検討するため、当面、マイワシ、サバ類、マアジ、スケトウダラ、サンマ、ズワイガニについて魚種別研究チーム(仮称)の設置、②TAC制度が進行することにより漁獲情報から従前のような資源状態に関する情報が得られなくなるため、資源量を直接推定する方法として、イ)計量魚探、ロ)トロール調査(面積密度法)、ハ)総産卵量調査(EPM)の導入を図るための情報の積極的交換の推進、③スルメイカ、ブリ、カタクチイワシ等の新規加入量を定量的に把握する技術開発の推進の強化、④マサバ・ゴマサバの識別マニュアル作成のワーキンググループの設置、⑤水産研究所間、分野間の連携協力の推進、の5つであり、これらについて取り組みを強化していくこととなった。

タラ等底魚類の資源量推定調査の比較
 1996年2月に米国、カナダの資源管理に従事している研究所(南西漁業科学センター:ラホイヤ市,アラスカ漁業科学センター:シアトル市,カナダ海洋漁業局の水産研究所:セントジョーンズ市,ベドフォード海洋研究所:ダートマス市)、大学(ワシントン大学:シアトル市)、国際機関(NAFO:ダートマス市)を訪問する機会を得た。目的は外国の試験研究機関が取り入れている調査手法の実例を分析し、我が国が今後取り組むべき資源量推定調査手法の参考にしようというものである。そこで、今回は、カナダ漁業海洋省のセントジョーンズ(ニューファンドランド)にある研究所で実施しているタラ等底魚類の資源量推定調査について紹介しながら、我が国のトロール調査との比較を試みた。


 カナダ海洋漁業省ベドフォード海洋研究所(ダートマス市)の遠景
(Department of Fisheries and Oceans(DFO);Bedford Institute of Oceanography)

 グランドバンクを含むニューファンドランド周辺海域(NAFO;2J3KL海区)の底魚類の資源状態は近年、低い水準にあり、タラ類は禁漁措置が取られている。この海域での底魚類の現存量推定調査にはトロール調査と計量魚探調査とが併用されて実施されている。トロール調査による漁獲物の年齢、成長、成熟、胃内容物等の組成が調べられ、それに計量魚探調査の結果とのすりあわせが行われて現存量が推定されている。実施されている調査海域は北緯55度から46度にまたがる陸棚上と水深400mまでの陸棚斜面で、南北に約1,000Km、東西に300~400Kmの広さに及び、この海域を103の小海区に階層化して区分し、さらに区分された海区のうち広い海区では15-20地点、狭い海区でも少なくとも2地点の調査点が設定されている。総調査点数は1990年には503地点で、原則30分引きのトロール調査を行っている。調査海域の総面積は約50万k㎡に及び、単純に平均すると約1,000k㎡に1つの調査点が設置されている。


図-1 ニューファンドランド沖グランドバンクでのトロール調査地点(1990年)

 このカナダ大西洋岸の調査と我が国での底魚類資源量調査の実施例とを比較してみよう。まず、1995年に東北区水産研究所八戸支所が実施したトロール調査では下北半島から茨城県沖にかけての水深150~1,000mの範囲で実施され、設定された調査点は57地点、曳網時間は同じく30分引きであった。上記調査で対象とした水深1,000mより浅い海域の面積はおおよそ5万k㎡と推定された。単純に調査点の密度を比較すると、東北区水産研究所八戸支所の調査の方がカナダよりむしろ高い。また、1995年秋季には日本海区水産研究所と西海区水産研究所が韓国と協同で実施した日本海の能登半島西部から山陰沖にかけて、トロール調査を実施した。この資源調査では、陸棚上から水深1,000mの水域に64地点の調査点を設定した。この海域の1,000m以浅の面積は三陸沖から常磐沖にかけてと同じく約5万k㎡と推定されたことから、この山陰北陸海域での調査点の密度はカナダ及び東北区水産研究所での調査よりも高く設定されていた。

我が国200海里内のトロール調査による底魚類現存量推定に必要な調査点数
 トロール調査により現存量を推定する方法として層化面積密度法を用いる場合、適当な調査点数とその配置は、単純に面積当たりで調査点数を割り出したり、グリット状に一定の面積の小海区に区切ることはできない。水深及び海底の底質(砂礫か泥、岩石等)並びに餌条件等、評価対象群の生物特性を考慮した生息環境の層化基準を明確にし、それらの一定条件の基に統計的解析に耐えるような調査点を配置する必要がある。これらの条件を踏まえて調査設計を企画することになる。

 ところで、我が国周辺に分布する底魚資源の状態を把握するのに、カナダ、東北区水産研究所八戸支所、日本海区水産研究所・西海区水産研究所が調査した約1,000k㎡に1調査点の規模で、我が国200海里内の1,000m以浅海域をくまなく調査するとすれば、いくつ調査点を配置すればよいのだろうか。海図から我が国周辺の等深線を参考にして推定すると、日本海全体では約200~220点と推定される。東シナ海、オホーツク海では我が国排他的経済水域の範囲が明確ではない。中間線としてひかれている図を基に推定すると、東シナ海で約250~280点、オホーツク海で40~45点。北海道から房総半島までの太平洋側で約100点、観音崎から薩南海域の太平洋側で約85点となり、日本周辺では合計680~750地点程度と推定される。この数字はあくまで層化基準を考慮して求めたものではないので、実際に実施するにあたっては慎重な検討が必要なことはいうまでもない。

これからの底魚類資源量推定調査の方向
 底魚類の現存量調査には、上述の層化基準の作成の他にも問題が残されている。例えば魚種毎の漁具による漁獲効率の推定である。漁具の仕様、特に網口の大きさや目合い、曳網スピード、調査時刻等は漁獲効率に密接に関係する問題である。大規模な調査の実施にあたってはこれらの事前の統一、標準化方法等の検討が必要である。一方、トロール調査に計量魚探調査を併用した場合に必要な魚種確認ができ、さらに生物標本が採集できるメリットがある。これら両手法ともに、まだ解決すべき問題は残されているが、これら手法の併用は相互に調査結果が補完できる長所を併せ持った有効な現存量推定方法といえる。

 TAC制度が始まり漁獲情報が十分に資源状態を反映しなくなることが想定されることから、これからは漁獲データに依存しない方法で現存量を迅速に推定する方法の開発が必須である。このため底魚類では、トロール調査が有効な手法と考えられ、無作為層化抽出法(面積密度法)による現存量推定手法の確立が緊急の課題である。

 水産研究所には資源量を高い精度で推定し、科学的な根拠に基づいてABCを算定することが要求されている。我が国200海里水域内の資源状態をくまなく調査するとなれば、現状の水産研究所所属のトロール調査船だけでは足りないであろうし、研究者のマンパワーも不足することは明らかである。新たな海洋秩序を築いていく時代には新たな調査実施体制の導入も必要であろう。水産研究所は調査の企画設計及び調査結果の解析と評価を行い、ルーチン的調査の実施を外部委託する等研究所の任務の仕分けをすることも考えていく必要があろう。情勢の変化に対応して研究所と研究者の役割分担を明確にし、効率的な調査と精度高い評価を迅速に実施する方策を具体的に検討していく時機にきていると思われる。

(資源管理研究官)


図-2 コッドとヘイク(ともにタラ科)の選別可能なトロール網の試験を示す図
コッドでは41~73%が、ハドックでは約90%以上が上の網に入網。魚種によりTACが異なる場合には魚種を選別して漁獲する工夫が必要になってくる。なお、この調査ではポラック(タラ科)はほとんどすべて上の網に、カレイ類はほとんど下の網に入網。シルバーヘイク(タラ科)では上下それぞれの網への入網率は一定ではない。サバは、ほとんど上の網に入網、オヒョウは大型魚は上の網に小型魚は下の網に入網した(DFO:Project summart No.37より)。


図-3 シルバーヘイクを選択的に漁獲するトロール網実験
コッドエンド付近にスリットを設けた試験網では漁獲されたものがシルバーヘイクでは95%、ポラックでは3%と大きな違いがみられた。しかし、ニシンでは約40%が逃避し、大きな差はみられなかった(DFO:Project summary No.37より)。近年、日本でもこれに類似した選択的漁獲の試験結果が報告されている。