中央水研ニュースNo.14(平成8年7月発行)掲載

【情報の発信と交流】
研究室紹介-経営経済部消費流通研究室
田坂 行男

 一般に経営経済関係の研究は見えにくい。「経済の研究は、経済事象に対して後から 『理屈』をつけているのではないか」という人もいる。確かに過去の社会経済事象 とりあげて、その中にある経済の法則性を探すのも大きな仕事ではある。しかし、 自然科学の世界でみられるような技術革新(イノベーション)にかかわる発明・ 発見が社会科学の分野にもある。特定の研究者の成果として表すことは難しいが、 産業界や行政や個人が新しい結びつきで経営の革新を図っていくこともイノベー ションであり、社会科学の研究対象となっている。

 高名なオーストリアの経済学者シュムペーターは経済発展の力はイノベーションに あると指摘している。シュムペーターの理論で注目されるのはイノベーションの概念を 技術の革新と経営の革新の2つに分けることによって社会・経済組織の発明・発見も 経済発展をもたらすイノベーションとして位置づけた点である。例えば「株式会社」と いう新しい社会組織の発明もイノベーションであるし、日本の自動車産業を発展させた トヨタ自動車の「かんばん方式」も新しい生産組織の発明であり、イノベーションである。

 経営経済部では、内外の漁業生産研究を通じて産業組織の調査・普及に努めているが、 現代社会にマッチした新しい産業組織の提案はイノベーションの一端を担っていると言っ ても良いだろう。例えば故長谷川彰氏は漁業管理組織を6つにわけて、その経済的意味を 明らかにしているが、この考え方はその後多くの研究者や行政、漁連・漁協関係者、 漁業関係者に受け入れられ、管理組織作りに役立てられたイノベーションであった。

 消費流通研究室は大きく変わりつつある現代の水産物と変貌する消費構造、及び貿易構造の 解明を研究テーマとしている。かつての鮮魚小売店はスーパーマーケットに市場を奪われ、 外食産業や弁当・惣菜産業(いわゆる中食産業)が独自の企業行動を通じて既存の水産物流通の 常識を根底から変えようとしている。消費流通研究室では、これら最近勃興してきた食品産業と 加工業・流通業をひとまとめにして「食品加工産業群」と呼び、水産物流通のイノベーターと 位置づけている。

 これら産業の展開は、消費者の所得増大と共働き家庭の増加、楽しみとしての食事の増加などを要因と する需要の増大に支えられているが、他方で、それぞれの分野での物流・調理技術の革新が源泉となって いる。チェーンオペレーションシステムや配送センター、カミサリー、効率的な在庫システムや配送シス テムを作るなど、スーパーマーケットでは効率的に加工・包装する体制が追求されている。また、効率的に 在庫と発注管理ができるPOSシステムの導入が一般的になっている。POSの端末であるレジでは購入者の 年齢、性別まで入力し、マーケッテング戦略を組みたてているのである。これらは物流技術と産業組織技術が 複合したイノベーションと捉えることができる。

 消費流通研究室は現代の水産物マーケットの動向をとらえ、特に末端流通の中心に どのようなイノベーションが起こっているのか、またこのような川下からの流通の変革に 産地がどう応え、産地のイノベーションをどのようにすすめていけば良いのかを研究している。

 「食品加工産業群」を中心とした川下から川上(産地)に対する要求を二つあげると、 一つは、生鮮魚流通は需給の変動が大きく価格が不安定なので取引リスクが大きい。 このため産地は川下に全てのリスクを負わせるのではなく、リスクを負う発想、リスクが 負える体力をつけてほしいということである。二つめは、川下の合理的流通を実現する ために4つの安定供給条件を満たしてほしいという点である。具体的には、①取引価格の 安定化、②品質の安定化、③サイズ、規格の安定化、④配送時間の安定化の4点であり、 消費流通研究室ではこれらの点を「取引の四定条件」と呼んで、これからの生産・流通関係を 規定する要素として注目している。これらの川下からの要求に応えるために産地は、漁協の 合併や販売事業の統合化、仲買人の規模拡大、産地間情報システムの確立、競争環境が厳しく なる中差別化方策を模索する中規模市場荷受会社や中小スーパーとの連携などを行う必要がある。


Yukio Tasaka

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