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魚類の化学療法に関する研究

-原 武史中央水産研究所長 平成7年度日本魚病学会賞受賞の紹介-

良永 知義


細菌性疾病は長い間にわたって養殖魚類の主要な減耗要因でした。その解決のため多くの研究努力がはらわれ、現在では、サルファ剤や合成抗菌剤そして抗生物質での治療法の確立と全国の水産試験場における早期診断体制の確立とがあいまって、昔日ほどの猛威を振るうことは少なくなってきています。この中にあって、所長は細菌性疾病の治療法の確立のために長い間研究を続けられ研究上の大きな業績を残されてきました。この度、所長の「魚類の化学 療法に関する一連の研究」に対し平成7年度日本魚病学会賞が授与され、平成8年3月の日本魚病学会総会で授与式が行われました。私はこの席に出席していた唯一の中央水産研究所職員として、所長の魚病学における功績について、研究行政における功績等も含めて紹介させていただきます。

 所長はここ数年こそ水産庁研究部参事官、西海区水産研究所長、中央水産研究所長と研究行政に尽力されていますが、東京都水産試験場および養殖研究所病理部在籍中は一貫して魚病研究の第一線に立たれていました。この間、養殖場のサケ科魚類に甚大な被害をもたらしていた細菌性疾病のひとつ、せっそう病を主な対象として、 サルファ剤や合成抗菌剤等を用いた化学療法の研究を進められました。この一連の研究の成果は、養殖魚の疾病治療法の確立 に大きな役割を果たしたことはもちろん、水産用医薬品の使用基準の策定にも生かされ行政上の施策の立案に大きな貢献をしてきました。

 また、単に研究のみにとどまらず現場の魚病研究者を育成された点で大きな功績を残されています。東京都水産試験場在職中は、全国の内水面関係の水産試験場職員で構成する河川湖沼養殖研究会の養鱒部会に所属し、養殖サケ・マス類の疾病に関する研究あるいはその対策のために積極的に活動され、全国の水産試験場魚病担当者のリーダーの一人でもありました。養殖研究所病理部に勤務されていた時には、研究を進められると同時に、養殖研究所や水産 試験場の魚病研究者の育成に努められました。現在、これらの試験研究機関で魚病研究の中核となっておられる方の中にはこの時代の所長の薫陶を受けられた方が多数おられます。 魚病の研究では、大学等で行われる基礎研究が大事であることはもちろんですが、日々病魚に接している水産試験場等の魚病担当者の研究が非常に重要な役割を果たしております。魚病学会においてもこれらの魚病担当者の発表が数多くなされており、かれらの存在は現在の魚病 研究に欠くことのできない位置を占めています。

 研究の第一線を離れた後も、西海区水産研究所長在任中には平成5年度日本魚病学会秋季大会委員長を勤められました。このときのシンポジウムでは外国産種苗の輸入に伴う新しい疾病の移入が大きな話題となり、水産試験場の魚病担当者をはじめとして多くの研究者からこの問題の解決の必要性が急務としてあげられました。これをうけて、日本魚病学会はこの問題の解決になんらかの方策をつくすべきだという要望書を水産庁に提出しましたが、この要望 書の提出にあたっても大会委員長として魚病学会長を補佐されました。さらに、現在大きな問題となっている中国産クルマエビ種苗の輸入に伴うウイルス性疾病についても、西海区水産研究所長としていちはやく九州地区の水産試験場を組織し大規模な疫学的調査を行い、養殖研究所病理部との連携のもとにこの疾病が中国産種苗に由来しているという報告をされました。これらの一連の活動は、現在、水産庁が行っている外国産種苗由来の疾病の防除を目的と した国内法整備に実を結びました。また、本事例は防疫のみならず水産研究における水産試験場、海区水産研究所、専門水産研究所の連携のあり方を具体的に示したモデルの一つとして高く評価されています。

 このように、所長は、単に研究のみにとどまらず、魚病研究の組織化、研究に基づく魚病対策の実行という点で大きな貢献をされてきました。受賞に際し、「この賞は私個人に与えられたものではなく、水産試験場や水産研究所の多くの研究者を代表していただいたものと考えます」との趣旨の挨拶をされましたが、今回の受賞は、まさに、具体的な研究成果はもちろんのこと研究全体を組織し実行されてきたことが高く評価されたものといえるでしょう。

(生物機能部生物特性研究室長)