工藤 孝浩(神奈川県水産総合研究所)・松川 康夫(中央水産研究所海洋生産部)
2 アオサの研究に着手
このように、アオサの大発生は水産研究の立場からも無視できない問題であるので、神奈川県水産総合研究所の工
藤は中央水研の松川室長と東京水産大学の能登谷教授の協力を得て、平成7年度からアオサの重点基礎研究に着手し
ました。神奈川水総研は現場調査、中央水研は三河湾一色干潟の研究実践に基づく助言と栄養塩分析、東京水産大学
は培養実験と分類を担当しています。
最終目標はアオサの発生機構を解明し、発生量を制御しつつ環境保全に貢献する手法を見い出すことですが、当面
の目標は発生状況の把握と成長至適条件の解明におきました。毎月、決してきれいとは言えない18ヶ所の調査定点に
潜ってアオサを採集し、葉体を1枚づつ丁寧に洗浄して付着物を取り除き、広げて面積を測定し、足かけ4日かけて
乾燥させて重量を測定します。それはハイテクからはほど遠い地味でしんどい肉体労働ですが、データが蓄積される
につれ興味深い事実が次々と明らかになってきました。
3 巨大な根無しアオサの素性は?
ここのアオサのほとんどは根無しの浮遊葉体です。葉体は固い基物から生えますが、容易に千切れて漂いながら生
長し、大きいものは長さ 1.5m、面積2㎡近くになります。なぜ巨大化するのでしょうか?その秘密は成熟に関する
性質にあります。普通のアオサの葉体は数ヶ月で成熟して遊走子を放出し、これほど大きくなる前に溶解してしまい
ます。ところが、昨年の5月に採集された葉体は、東京水産大学で1年以上も培養を続けていますが、一向に成熟す
る気配がありません。しかし、金沢湾ではほぼ1年中新たなアオサが生えてきており、全く成熟しないわけではない
ようです。
国内では、長崎県の大村湾から不稔性(全く成熟しない)といわれるアオサが発見されています。そこで、長崎産
の不稔性アオサを取り寄せて横浜産のものと比較してみました。横浜産は、形態面で葉が薄く、細胞が小さく、色素
量が多く色が濃いという特徴があり、生長速度は遅いが、低温・高栄養条件下では長崎産を上回る生長を示すことが
分かりました。その結果、横浜産と長崎産は別種であると結論づけられ、今のところその素性は不明です。アオサの
仲間は同定の決め手となる形質に乏しく、分類は難しいのですが、今後は外国産との比較も含めて正体を明らかにし
たいと思っています。
4 栄養塩の吸収をとらえた
金沢湾の平成7年のアオサの量は、8、9月にピークに達し、1㎡あたり湿重量で1kg、葉面積で7㎡に達しまし
た。ところが、戦後最大級と騒がれた台風12号の通過に伴う激しい波浪によって、1日にして300 トンものアオサが
打ち上がるという特異イベントが起こり、10月には海の中からアオサがほとんど消えてしまいました。
写真1 長さ1mを超える巨大な浮遊葉体
また、水深が2mより浅い地点では9月までアオサの量が増えましたが、2mを超える地点のアオサの量は逆に減
ってゆきました。この時期は海の透明度が極端に落ちるので、深い所では受光量が不足して枯死した量が成長量を上
回ったものと考えられました。
海水中の窒素3態(硝酸、亜硝酸、アンモニア態窒素)やリンといった栄養塩類の観測では、アオサ繁茂域のこれ
らの濃度は7~9月に極小を示し、アオサによる栄養塩の吸収を現場観測からとらえました。アオサが海の中で腐敗
する前に取り上げれば窒素やリンを除去することになり、海の富栄養化を抑制することができるでしょう。
5 アオサの資源化
横浜市は、アオサを回収して海の環境保全を図り、回収されたアオサを資源として有効利用しようと、『アオサ資
源化検討委員会』を設置しました。筆者の一人である工藤は検討会に加わって最新の研究成果を検討事項に反映させ
ています。
現在、回収されたアオサは清掃工場で一般ゴミと一緒に焼却処分されていますが、ここでは「水産の王道は食うこ
とである」との見地から、食用としての利用を第一に考えた検討がなされています。市場流通調査ではファーストフ
ードやインスタント食品に用いられる『青海苔ふりかけ』の原料としてアオサの需要が高いことや、養鶏飼料や肥料
への添加物としても有望であることが明らかになりました。また、横浜産のアオサは今話題のβカロチンなど色素成
分に富んでおり、機能性食品として注目されるかも知れません。
アオサの資源化は古くからの難題で、単一原料としての利用ではこれといった決め手が見つかりませんでした。し
かし、食品をはじめとする様々なものに多様な価値・機能が求められる21世紀にはアオサの資源化が軌道に乗り、ア
オサの回収事業によって横浜に美しい海が蘇るかもしれません。
6 おわりに
アオサの生態的研究は緒についたばかりで、これから解明しなければならない課題は山積しています。中央水研が
県の水産研究所や大学と連携して地域研究の拠点として機能し、研究成果がすみやかに地域行政に反映されることが
望まれます。アオサ研究がその端緒となれば幸いです。
ま と め
1 海の公園におけるアオサの現存量は水深1~2mに多く、9月に最大 198.5g/㎡(乾重)に達した。
2 1995年10月には台風の大量に打ち揚げによって約3.6g/㎡まで減少した。それ以降は次第に増加する様子がみら
れた。
3 当海域の窒素、リンの濃度は7~9月に大きく低下し、Ulva sp.に取り込まれたものと推定された。一方、ケ
イ酸の濃度に大きな変化はみられなかった。
4 9月には場所によってNH4-NとPO4-Pの急激な増加が認められ、腐敗葉体からの溶出と考えられた。
5 当海域のアオサの現存量の変動は、水温と栄養塩によってもたらされていると考えられたが、高栄養塩濃度
下の低水温期に現存量が低いことから、主に水温に大きく規制されていると推察された。