平成7年11月13日~17日にかけて中央水産研究所国際会議室において、オーストラリア側研究者10名、日本側研究者21名を招へいして標記ワークショップを開催した。これは「食品ハイドロコロイドの機能特性」の課題で結んだ日豪科学技術開発協力協定に基づき、科学技術庁科学技術振興調整費による重点国際交流課題として実施したものである。本ワークショップはロゴマークが示すように魚と牛の交流、すなわち日本側の魚を原料として製造される水産練り製品と、オーストラリア側の牛乳からチーズをつくるときに副原科として得られるホエータンパク質についての研究交流をメインテーマにしたものである。以下に、このワークショップの概要を報告する。なお、ここで使用されている食品ハイドロコロイドと言う言葉は、魚肉タンパク質、乳タンパク質、デンプン、海藻の多糖類カラギーナンなどのように、食品のテクスチャー形成に重要な働きをする成分のことである。
本ワークショップのロゴマーク
1.ワークショップ開催の背景
日本では、魚肉タンパク質や水産ねり製品の加工技術の研究は著しい発展を遂げてきたが、近年国際的な漁業規制が一段と厳しくなり、国内的にはマイワシの急減により、従来1,000万トン以上あった漁業生産量が約800万トンにまで減少している。そのため、国民に約80万トンの水産練り製品を供給するため、原料の冷凍すり身を世界各地から輸入しているのが現状である。今後、水産練り製品に利用できる新しい素材の開発や、消費者の嗜好の変化に対応した利用技術の開発は重要な課題となっている。
一方、オーストラリアでは、広大な大地を利用した畜産業が盛んで、毎年約50億リットルの牛乳から21万トンのチーズを生産し、その際世界的な問題とされているチーズの副産物であるホエー(牛乳からチーズをとった後の液体部分:乳漿)が160万トン、パウダーにして約1.1万トン生産されている。このホエーについて、それに含まれるタンパク質(βラクトグロブリン)の分離技術を開発し、その機能特性についての研究を進めており、食品への利用方法を広く検討している。
2050年には世界の人口は約100億人に達すると予想され、今後世界的な食糧不足が心配されている。これらの背景のもと、1993年、日豪両国は、中央水産研究所とCSlRO(オーストラリア連邦科学産業機構食品科学工業部門)を相互のカウンターパートとして、「食品ハイドロコロイドの機能特性」の課題で日豪科学技術開発協力協定を結んだ。
上記協定に基づき、1994年7月にCSlRO研究員か水産練り製品の製造及び評価技術を学ぶため3週間中央水産研究所を訪れた。11月には、オーストラリア側の主催で「食品ハイドロコロイドの機能特性」に関する国際ワークショップが、オーストラリア側20名、日本側4名が参加してメルボルンで開催された。本ワークショップは、これらの経緯をふまえ、今年度の科学技術庁科学技術振興調整費による重点国際交流課題として採択されたものである。日豪両国は、自国のタンパク質資源を有効に利用するための副資材を開発したり、あるいはそれらの特徴を生かした新規な食品を開発することを目的に、情報交換と研究交流を進めてきており、オーストラリアでのワークショップの成果をふまえて、その後の共同研究の進捗状況および関連技術の最近の進歩についての情報交換及び研究交流を行うために開催した。
2.ワークショップの概要
11月13日、15時より三本菅企画調整部長の司会でオープニング・セレモニーを開始した。主催者である中央水産研究所原所長の歓迎の挨拶、オーストラリア大使館工業科学技術参事官ドン・スメル氏の挨拶および今回の企画運営委員長である中央水産研究所山澤が本ワークショップの趣旨説明を行い、引き続き基調講演に入った。
1)基調講演マルハ(株)中央研究所野口副主席研究官の座長のもと、オーストラリア側からCSlROのJohn Pearce博士が「ホエータンパク質の食品への利用の現状」という演題で講演した。世界のホエーの生産量は約1億トン、ホエータンパク質として約70万トン、このうちオーストラリアでは160万トン、タンパク質にして1.1万トン、日本ではそれぞれ50万トン、3,500トンであることが報告された。また、チーズやカゼインなどの生産工程で性質の異なるホエータンパク質が得られること、さらに膜処理技術の進歩によりホエータンパク質からβ-ラクトグロブリンが高濃度に精製されるようになり、いろいろな食品に利用されはじめていること、また、ホエータンパク質の優れた機能性は大腸ガンや小腸ガンの予防にも有効であり、医薬品分野への応用の可能性についても注目を浴びていることが報告された。一方、日本側からは、鈴廣蒲鉾工業(株)顧間の岡田博士が「日本におけるすり身関連産業の現状」について、かつては約120万トンあった水産練り製品の生産量が現在では約80万トンにまで減少し、また日本が開発した冷凍すり身の製造技術が世界に普及し、現在日本の生産量は世界全体の約1/3にすぎないことなど、日本の水産練り製品生産の現状や冷凍すり身の世界的な市場の問題を話された。また、最近の水産練り製品製造技術の進歩にもふれ、電気のジュール反応熱を利用したジュール加熱、エクストルーダーという加圧加熱装置を使用するエクストルージョン・クッキングなどの新しい製造技術や新しい食品添加物としての血漿やタンパク質の分子同士を結合させる等の作用を有する酵素、トランスグルタミナーゼの利用にまで言及した。さらに最近のかまぼこに対する消費者二一ズはソフト化、健康志向に向かっており、EPAやDHA、カルシウムを添加した製品も市販されている現状が報告された。両者の講演により、参加者は両国の産業の現状と翌日からの講演の背景に対する理解を深めることができた。なお、オーストラリア人にとっては、日本人が毎年約80万トンもの水産練り製品を食べることは驚きのようであり、「日本人はこんなにたくさんの水産練り製品をどんな風に食べるのか、朝、昼、晩のいつ食べるのか、温めてか、冷たいまま食べるのか」などの質問がだされた。岡田氏から、例えばホテルの日本式の朝食ではかまぼこがつき、昼のうどんにはかまぼこが入っており、夜はおでんというかまぼこを入れたhot dishもあり、冷たくも、温かくも、色々な食べ方ができるという説明があった。
2)チーズ&カマボコ・パーティー
13日、17時30分よりラウンジでチーズ&カマボコ・パーティーと名付けた歓迎パーティーを開催した。オーストラリア側参加者に日本の水産練り製品の特徴及びその多様性を知って頂くために、今回参加した民間企業4社に、各社の特徴ある製品をお持ち頂いた。K社からはおでん、N社からはエクストルージョン・クッキングによるカニおよびホタテ風味かまぼこ、M社からは魚肉ソーセージ、S社からは最新技術のジュール加熱技術を使用した伝統的な板付けかまぼこが並べられ、それぞれの特徴等を紹介して頂いた。これらの製品は奇しくも全く異なった加熱条件で製造された製品であった。おでんに入っているはんぺん、つくね、揚げ物などは、湯の中で煮たり、油で揚げたりして製造するが、製品の中心温度は80-90℃付近であるのに対し、魚肉ソーセージは常温でも流通できるように2-3気圧下で120℃付近で加熱された、いわゆるレトルト食品である。また、エクストルージョン・クッキングの製品は、6-10気圧下で150-200℃という高温高圧下で加熱することによりタンパク質をいったん溶かし、冷却工程で繊維状に成形するという、今までの水産練り製品の加工原理とは全く異なった方法で製造されていた。一方、ジュール加熱装置を導入した製品は、塩すり身に電流を流すことによって数分で製品の温度を90度付近にまで上昇させて製造したものである。このパーティーで食べた製品の製造技術の講演は翌日行われたので、参加者は技術と製品が結びつきよく理解できたかと思われる。
3)第1セッション(11月14日、9:15~17:00)
酪農学園大学新井教授とCSlROのDavid Oakenfull博士が座長で、13課題の講演が行われた。水産練り製品の望ましい、あるいは新しいテクスチャーをもった製品を製造するためのジュール加熱、エクストルージョン・クッキング、超高圧加工、徴生物起源のトランスグルタミナーゼの利用等の新しい技術が紹介され、討議された。また、魚肉タンパク質と添加されるホエータンパク質、あるいは脂質等の相互作用について討議された。さらに、トランスグルタミナーゼについては両国から魚肉および畜肉タンパク質に対する機能、効果が報告された。
4)第2セッション(11月15日、9:15~12:30)
大阪市立大学西成教授とニューサウスウエールズ大学Norman Cheetham教授の座長で、食品副資材としての多糖類タイプの機能性と利用に関するテーマを中心に6課題の講演が行われた。微生物起源の多糖類カードラン、デンプン、海藻の多糖類カラギーナン、およびこんにやくの多糖類コンニャクマンナンについて、単独あるいはそれらの混合物のゲル化機構について論議された。また、水産練り製品に広く使用されているデンプンについては、かまぼこの製造条件下ではほとんど糊化しないハイアミロースデンプンを化学修飾することによってかまぼこ用に利用できるような品質に改変する技術や、修飾せずに食物繊維として利用する方法が報告された。
5)セッション3(11月15日、14:00~18:00)
食品総合研究所佐野研究室長と王立メルボルンエ科大学研究所のAndrew Halmos教授が座長で7課題の講演が行われた。ここでは、食品ハイドロコロイドの機能特性、特にテクスチャーの機器分析と口触りや官能評価間の関係に焦点を当て、多様な食品の系における構造と機能の間の関係を論議した。そのなかでは、魚肉や畜肉の構造と機能、寒天のシネリシスなどの基礎的研究や多様なタンパク質や多糖類からなる生体高分子の構造の新しい解析法としてのコントラストー分散法が紹介された。
なお、18:30よりテクノタワーホテルでレセプションが行われ、約50名の人が参加し、交流を深めた。
6)全体会議(11月16日)
オーストラリア側からLyndon Kurth博士がCSlROの組織と役割について、日本側からは篠原利用化学部長が中央水産研究所および食品総合研究所を主体に日本の農林水産省の研究機関の研究内容とその役割について紹介した。CSlROのシステムは日本の国立研究機関と非常に異なるので、ここで簡単にその概要を記す。CSlROは、the Commonwealth Scientific and Industrial Research Organisationの略であり、6研究所、35部門からなる。今回我々と協力しているのは、動物生産・加工研究組織の中の食品科学技術部門であり、食品加工・製造工業、ミート技術、食品の安全性と品質、食品包装と流通、食品副資材、チーズとカルチャー食品、の6つの研究プログラムがある。日本の国立研究所と異なるのは民間との関係である。CSlROの昨年度の全予算は約7億ドルであり、そのうちの1/3以上の2億4千万ドルが民間や研究組合の基金のような外部からの財源である。オーストラリアでは畜肉業や乳業のような大きな産業は、研究活動に協力する研究組合と呼ばれる組織を持っており、例えば、畜肉研究組合は屠殺後の全畜肉動物から税金を集めている。このお金が産業の利益になる研究プロジェクトの基金として使われる。また、オーストラリア政府は、産業界と大学、CSlROのような研究組織との交流に関心を持っており、これらグループ間の一層の交流を奨励している。この目的を達成するために、政府は異なった研究部局や協同研究センターに基金を提供している。現在、オーストラリアで実施されている61の協同研究センタープロジェクトのうちCSlROは52に参加している。二人の講演の後、各セッションの座長に内容をとりまとめ、概要を報告して頂いた。さらに今後の両国の取組について話し合い、日豪双方が、自国の制度を利用してさらに研究交流を深めるとともに、官同士、大学同士あるいは民間同土の各レベルでの交流を進展させていく必要があることを確認するとともに、今後両国のカウンターパート同土で今後の方針を取りまとめていくこととした。
7)テクニカルツアー(11月17日)
小田原市にある「小田原カマボコ」の代表的な企業である鈴廣蒲鉾工業(株)及び横須賀市のニチロ中央研究所を訪れた。鈴廣蒲鉾工業(株)の工場では、今回のワークショップで基調講演を行った岡田氏の案内により、伝統的な製造技術の旧工場とジュール加熱装置を導入した新工場を見学するとともに、写真にあるように板付けの実演まで
行い、オーストラリア参加者には日本の水産練り製品の現状を十分に理解して頂けたと考えている。
以上、本ワークショップは魚肉タンパク質とホエータンパク質との出会いから始まったが、食品ハイドロコロイドという形で枠を広げることによって魚肉タンパク質、乳タンパク質、畜肉タンパク質、多糖類、物性評価、構造解析などの多分野の専門家が集まり、より広い視点から議論することができ、非常に有意義であったと考えている。本ワークショップの成果としては、まず、国立研究機関、大学、民間研究所が一同に介して、日本側は魚肉タンパク質とそれを利用した水産練り製品に関わる分野を中心に、オーストラリア側からはホエータンパク質、多糖類を中心に、基礎研究から応用研究、産業界についてまで、幅広く、十分な情報交換ができ、重点国際交流の目的を達成できたことである。次いで、日豪科学技術開発協力協定に基づいて進めている共同研究について、福田加工技術研究室長が、魚肉タンパク質とホエータンパク質の混合系にトランスグルタミナーゼを作用させることにより、両者を効率的にゲル化させる新しい方法の可能性を明らかにしたことと、Cheetham教授がかまぼこに対して弾力補強効果のないハイアミローストウモロコシデンプンについて、化学的に修飾することによりかまぼこ用に改変したことであり、両課題とも今後の研究の進展が期待される。参加者の方には、今回のワークショップの情報交換、研究交流が今後の研究活動の中に活かすことができれば、また、この会議での相互理解を通じて共同研究等に発展させることができれば、主催者としてはこのうえない喜びである。終わりに、本ワークショップの開催にあたり、企画・運営についてご検討頂いた企画運営委員の方々、実行に際してご援助頂いた科学技術国際交流センター久我氏、さまざまな形でご協力を頂いた水産庁研究課、中央水産研究所総務部、研究部の方々に御礼申し上げる。(加工流通部長)