「研究室紹介」

生理障害研究室(環境保全部)


 京浜急行電車の三崎口駅からバスに乗って約20分、釣り宿の並ぶ狭い道を通って終点の荒崎に着く 。そこから海ぞいに約5分歩いたところが環境保全部のある横須賀庁舎である。遠目にも目立つのが大き な貯水タンク(濾過海水用)、敷地に入ってすぐに目に付くのが100個近く並んだ小割水槽とFRP水 槽で、これらの設備はつい最近の改修工事で新しくなったものである。水槽の中を覗いてみると、あると ころでは大小のマダイが泳ぎ回っている。また、他の水槽を見てみると、10cm位の不細工な、しかし憎 めない顔をした魚がひしめいているものもある。春から夏の間だとメダカのようなかわいい稚魚が見られ るかもしれない。これがマミチョグと言って、当研究室においてマダイと並んで多くの実験の材料に使わ れている魚なのである。非常にポピュラーなマダイと見憤れぬマミチョグ、この2種類の魚が現在生理障 害研で行なっているまたは行なおうとしている研究内容を象徴している。当研究室の主要研究内容を一言 でいうと汚染物質が海産生物に及ぼす生理学的影響ということになるが、その中でも重要なのは汚染物質 の慢性的な影響である。慢性毒性とは究極的には後の世代への影響をも含むもので、従って少なくとも1 世代以上にわたって長期暴露を行なうのが望ましいのであるが、世代をカバーする実験は時間的にも労力 的にも大変である。そこで、生活史の中でも汚染物質によって重大な影響を受けやすい段階を重点的に調 べることになる。その筆頭に挙げられるのは受精卵から仔魚・稚魚期にかけての初期生活史の段階であり 、また、成熟・再生産の過程である。ところが、これらの段階における暴露実験を普通の海産魚を用いて 行なうのは大変困難な点が多い。マダイやヒラメ等の孵化仔魚を一目でも見たことのある人ならば、いか にこれらの魚の種苗生産が実用化されていると言っても、全長2mmそこらの魚を使ってまともな長期毒性 試験など出来るはずもないことは理解できるだろうし、全長数十cm、体重数kgに達するこれらの親魚を使 って試験を行なうのも実際的ではない。マミチョグは北アメリカ沿岸原産のメダカに近縁な魚であるが、 全長15cm以内、体重10g前後と大きさも手頃であり、普通の60cm水槽内で容易に成熟・産卵するし 、孵化仔魚は比較的大きくて配合餌料でも手軽に飼える。この魚を使えば上に挙げたような実験も可能と なるのである。さて、再生産過程に対する影響の具体的な例を現在大きな問題となっている海洋汚染物質 の一つ、トリブチルスズ(有機スズ化合物)について見てゆくと、この物質は比較的高濃度では肝臓、鰓 、皮膚等様々な器官に障害を起こすが、低濃度では精巣の発達阻害を特徴的に引き起こすことが分ってい る。また、産出卵の孵化率低下も起こる。生殖機能への影響をみるには、生殖腺重量を測ったり、生殖腺 のパラフィン切片を作って顕微鏡で観察したりという従来からの手法があるが、より高度な影響評価と影 響発現のメカニズムの解明を目指して生化学的手法(ステロイドホルモン、ペプチドホルモン、その他の 生理活性物質の分析や免疫組織化学など)を用いた研究にも着手している。また、邦産有用魚類の再生産 に及ぼす影響も調べてもらいたいという要望も強いことから、アミメハギ、シロギス等の小型海産魚を用 いて小型水槽内での成熟試験を行なう試みも開始したところである。

 慢性影響のうちでもう一つの重要なポイントが生体防御・免疫機構への影響である。蓄積性が強く 、慢性毒性をもつ物質はしばしば免疫機能を阻害することがあり、実際、有機スズ化合物は免疫担当器官 の一つ、胸腺に著しい形態学的影響を及ぼす。この種の問題が初期生活史や再生産過程への影響に劣らず 重大であることは、養殖漁場等で多発している魚病の問題を見れば明らかであろう。こちらの方はこれか ら手を付けるところであるが、今まで当研究室で行なってきた血液学的影響評価手法に関する研究を発展 させることにより対処してゆきたいと考えている。血液学的な実験や免疫機能の実験には幼魚や末成魚が 適当な材料となるので、これらにはマダイを主に使用するわけである。最後に、マミチョグは長期毒性試 験のみならず、各種の実験やパイオアッセイの材科として非常に使いやすい魚であり、様々な用途に使用 可能と思われる。この魚を使ってみたいと希望される方は、当研究室まで気軽にお知らせください。

(清水昭男)