中央水研ニュースNo.12(平成8年1月発行)掲載 |
【研究室紹介】
生物生態部数理生態研究室
岸田 達
水産資源は自己更新的であり、これを有効に利用した場合、人類にとっての恩恵は計り知れない。 水産研究における資源学は、この水産資源の持続的な有効利用を計るための学問である。中央水産研究 所の生物生態部も、以前資源部と称していた頃とは切り口が多少異なるものの、基本的には資源研究を 行っている。具体的な資源研究の目標は(1)資源の変動要因を解明し、(2)資源の現状を評価し、 そして(3)適正な管理方策を開発することにある。我が数理生態研究室はそれぞれの局面において問 題を数理学的に扱うことを主な仕事としている。ここで、以上の3つの大きな課題に当研究室がどのよ うに関与しているかを説明する。 第一に「資源の変動要因の解明」であるが、生物生態部で主対象としている、マイワシ、マサバ 、カタクチイワシなどのいわゆる多獲性浮魚類は長期的にみた場合の資源変動が大きい。マイワシな どはここ50年の間で低水準期と高水準期で漁獲量が100倍近くも異なっていた。この大変動の原因 についてはいろいろな仮説があるが、今のところ決定的なものはない。しかし、この原因が解明されな い限り資源の変動予測及び適正な管理というものが出来ない。このような問題を解決する方法論として は、先ず、フィールド調査を綿密にかつ何年にも亘って続けてデータを積み上げ、帰納的に結論を得る という手法がある。このために何年も研究が続けられているが上記の主要な魚種に関する限りまだ結論 は得られていない。次に全く異なった観点であるが、個体群の動態を数理モデルで記述し、資源変動を いわば演繹的に説明するという考え方がある。当研究室はこの観点から資源変動モデルを構築するとい う課題に取り組んでいる。ただし、一口にモデルといっても生物は複雑であるから簡単な原理だけで説 明がつくとは限らない。実際には現場の調査から仮説を立て、それをモデル化し、数値実験結果などを 現場で検証するといった手順でフィールド調査とモデル研究を車の両輪のように機能させる必要がある 。資源変動は主に仔魚期から幼魚期の生残率の年変動によってもたらされると考えられているが、その 変動要因として考えられるのは、摂餌開始期の餌不足による飢餓、仔魚期の不適な海洋環境への輪送に よる死亡、食害及び密度効果などである。これらの要因のうちどれがどの発育段階に効いているのかと いうことをモデル実験とフィールド調査との両面から解明していく必要があろう。 第二の「資源の現状評価」であるが、これは一言でいえば対象とする個体群の絶対数を明らかにす ることであるが、更には、その個体群の再生産関係、密度依存性といった個体群に固有な特性を解明す ることも入ってくる。なぜなら最終的に知りたいのは資源の現状が末開発状態(漁業の影響を全く受け ていない状態)に対してどの程度減少しているかということだからである。数理生態研究室では「資源 量の数量評価手法の開発」という課題でこの問題に取り組んで来た。資源量評価には大きく分けて卵数 法・音響調査法といった、調査船を必要とするが迅速に答の出る直接推定法と、除去法・VPA(コホ ート解析)といった漁業情報に基づく推定法がある。当研究室で扱ってきたのは主に後者である。資源 量評価をする人を料理入にたとえるならば当研究室は鍋や包丁などの道具を提供することを役割の一つ として来たと言えるかもしれない。 第三の「適正な管理方策の開発」であるが、これは比較的新しい課題である。先ほど述べた資源変 動の激しい多獲性浮魚類を含め、様々な水産資源に対し新たな手法で資源管理の提言をする必要が生じ 、シミュレーションによる漁獲の影響評価などを行ってきた。従来、資源管理はその必要性は叫ばれて いてもなかなか実行は難しかったのであるが、平成6年に国連海洋法条約が発効したために、わが国で も漁獲可能量(TAC)の設定による資源管理が開始されることになる。そのため、この分野で行政の 二一ズに答えなくてはならない研究・業務が突然増えてきた。資源を適正に管理し、有効かつ持続的に 利用していくことは、資源学の究極の目的であるから、当研究室としてもこの分野の研究を発展させ、 研究サイドとしての役割を果たしていきたいと考える。 Tatsu Kishida |