脂質化学研究室(利用化学部)


 脂質化学研究室(脂質研)は利用化学部所属として平成元年に創設されました。東海区水産研究所時代の 油脂利用、ビタミン、油脂化学の3研究室が一挙になくなったため水産研究所における脂質関連の研究や 問題対応を一手に引受けるようになりました。そのため最近は他の研究所や会社との共同研究も含め非常 に多忙ですが、一方では充実した毎日を送っています。平成7年4月からは農水省食品総合研究所から村 田主任研究官を迎え、室長の齋藤、室員の石原と、脂質や化学研究のスタッフも充実し、張り切って研究 を行っています。
 現在、脂質研では2つの課題を中心に研究しています。一つは脂質の酸化防止と評価法の研究です(脂 質は空気により酸化され劣化するので、酸化防止や劣化評価は大事です)。特に水産脂質は高度不飽和脂 肪酸(n-3PUFA)を豊富に含み、その生理機能から有用ですが同時に劣化が非常に速く、防止や評価が さらに困難です。そこで有効な酸化防止法や正確な劣化度評価法の開発は国民の健全な食生活を守り、法 的根拠ともなり重要です。
 もう一つは種々の海洋生物脂質の研究です(海には未知で成分未解明の生物が多数生息しています)。手 法は対象生物から脂質を抽出し、カラムクロマトグラフィーや高速液体クロマトグラフィーで分離精製し た後、各成分は細胞によるアッセイ系などを用いて生理活性を調べます。有用脂質は単離して核磁気共鳴 スペクトル(NMR)やマススペクトル(MS)で化学構造を決定します。種々の海洋生物の脂質の特徴や機 能を調べ、食品としての可能性や安全性を明らかにしたり、医薬品や工業用素材となる有用脂質を見出す ことは産業上重要な課題です。
 具体的な脂質研の研究について以下に簡単に記します。

1.脂質の酸化防止と評価法の開発
①抗酸化性物質の探索:脂質の酸化防止は安全な食品や医薬品などを供給するために不可欠ですが、消費 者ニーズから合成品は忌避され、天然の酸化防止剤が求められています。しかし実用化されているビタミ ンEなどは効率が悪いため、脂質研では効果的で安全な新天然抗酸化性物質を探索しています。現在ホス ファチジルコリンが有効であることを見出し、また数種のフェノール系天然物を確認し、NMRやMSで 構造解析を行っています。
②脂質の劣化度評価法の開発:昭和50年代に油の劣化が原因で全国的に食中毒が発生し、厚生省が規格基 準を法令化しました。ところが水産物はその基準では評価できず除かれています(適用すると、安全上問 題なく常食される干物などは毒と判断されてしまいます)。このように水産物に適した評価法がなかった ため、脂質研ではNMRを用いる新手法を開発し、今まで評価できなかった水産乾製品に適用できること を明らかにしました。

2.海洋生物の脂質成分の研究
①大型回遊魚のDHA:ドコサヘキサエン酸(DHA)は、n-3PUFAの1つで循環器系疾患の改善や記 憶学習能を増進する脂質として注目されています。DHAは海洋生物特有でヒトは水産物から摂取してま すが、その分布や消長は未解明です。脂質研では、カツオやマグロなどのサバ科大型回遊魚類の脂質を検 討し、特異的に著しく高いDHA含量であることを明らかにしました。
②未利用生物資源の脂質研究:深海魚やプランクトンには成分未解明の種が沢山あります。当研究所放射 能研究室と共同で深海で採取したソコダラなどの脂質を検討し、グリセリド脂質が主成分であることや生 体適合性の高い脂質を持つことを見出し、精製や化粧品への応用を試みています。また東北区水産研究所 との共同研究では動物プランクトンを調べ、オキアミやカイアシ類が高濃度でn-3PUFAを持つことを 見出しました。西海区水産研究所との共同研究では、植物プランクトン脂質を検討し、イコサペンタエン 酸(EPA)が高濃度で含まれ、培養条件で変動することなどを見出しました。さらに他の未利用生物につ いて現在検討しており、近い将来安全な食品素材や有効な医薬品素材の開発などへ広がるものと考えてい ます。
 脂質研は他室と比べ専有面積が小さく手狭ですが、それでも勝どきでの断水停電雨漏り時代よりはるか に研究環境が良くなりました。また機器類は勝どき時代と大差ありませんが、新しい人材が加わったこと で所内外から持ち込まれる課題や問題にも対応の幅ができました。
 コストパフォーマンスの観点からも、コンパクトでも地道に研究成果を上げ、行政や業界からの要望に 着実に対応できれば、国立研究所としての役割を十分果たせるものと、スタッフ一同伸び伸びと研究にい そしんでいます。

(齋藤洋昭)


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