FAO漁業専門家会合招へい・OECD水産委員会出席、 および海外漁業管理制度等調査について

黒沼 吉弘

1.はじめに
 皆様も御存知のように、国連海洋法の発効を受け我が国でもTAC(総漁獲可能量)導入などの検討が始まりました。 国連では高度回遊性魚種やストラドリング・ストックに関する漁業管理関係会議、国連食糧農業機関(FAO)では「責 任ある漁業行動規範」の作成、経済協力開発機構(OECD)水産委員会でも漁業管理等をテーマに委員会や専門家会合 が開催され、また、多国間での漁業管理問題なども益々注目され始め、まさに「漁業管理」は花盛りといった時代 に入ったようです。このような流れの中で、本年1月中旬から3月中旬にかけてFAO専門家会合招へい、OECD水産委 員会出席、および本庁企画課に昨年11月設置された海洋法対策室の海外漁業管理制度等の調査でニュージーランド 、オーストラリア、フランス、イギリス、ノルウェー、アイスランドの順に6ヶ国に出張する機会に恵まれました のでごく簡単に全体の概略を時系列順にご紹介させて頂きます。

2.FAO漁業専門家会合(1995.1.21-27)
 現在FAOで策定中の「責任ある漁業行動規範」第6条漁業管理に関し、専門家としてのアドバイスをFAOに提言す る「責任ある漁業管理のためのガイドラインに関する専門家会合」が ニュージーランドのウェリントンで1月23日 から27日の5日間 ニュージーランド農漁業省(NZMAF)で開催されました。参加国約10ヶ国から各1名程度の専門家お よび主催者のFAOおよび NZMAFのスタッフなど合計約20名程度の小規模の会合で、全体会合の後、技術的・行政的各 管理視点の2つの分科会合に分かれ各担当部分について専門家としての意見をとりまとめました。
 2つの分科会合とも約10名程度であったためか、少なくとも筆者が参加した会合ではなごやかな雰囲気の中で非 常にオープンな議論が活発に行われ、まとめられた提言報告書もかなり斬新的なものであったと思います。この会 合を通じて多くのことを学ばせていただきましたが、知識の吸収だけでなく積極的に議論や意見交換に参加し、例 えば筆者が提案し現地でとりまとめた community based fishery による漁業共同管理についてのキーノートが会合 で承認され、一つの産物とできたことは、日本が長年培って作り上げてきた沿岸漁業自主管理による経験・日本の 研究者による地道な積み重ねなどがFAOへの貢献につながったものと、日本人として身勝手に自負している次第です 。

3.ニュージーランド・オーストラリア漁業管理制度等調査(1995.1.28-2.5)
 FAOの会合に引き続き、海外漁業管理制度等調査オセアニア(ニュージーランド、オーストラリア)チームの本庁企 画課3名とニュージーランドで合流し、現地日本大使館や大日本水産会現地事務所の方との打ち合わせ後に漁業管 理制度等について政府の管理行政当局などから聞き取り調査を行いました。周知のように、ニュージーランドは約 10年前からTAC制のもとに国の殆どの漁業をITQ制(譲渡可能個別漁獲割当)で管理しています。国全体の漁業が小規 模であるためかTACを決定する段階から農漁業省(MAF)研究者のみならず団体研究者などとのすりあわせが行われて いたり、また、先住民であるマオリ族への特別TACがあったり、以前、筆者がTACおよびITQ制が施行された直後に調 査で訪れたときと比べ、かなり実質的な管理体制ができつつあるように思われました。現在漁業法の改正が行われ つつあり、例えば自主管理の可能性を含んだITQ制で管理費用を削減努力しようとしていることなど、その管理動向 は今後も注目していきたい一つと考えています。
 ニュージーランドにおけるMAF水産研究所、MAF、FIB(大日本水産会のような組織)の3日間の調査後、ウェリント ンからシドニー経由で次の調査国オーストラリアの首都キャンベラに入りました。季節は日本と逆の夏でニュージ ーランドはそれほどでもなかったのですが、オーストラリアは暑かったというのが印象に残っています。余談です が、筆者は現職に就く直前までの約6年間オーストラリアのニュー・サウス・ウェールズ州およびクィーンズラン ド州で生活していましたが、2年振りの大陸性の夏に少々閉口したのが正直なところです。
 オーストラリアの場合、アメリカと同様に0~3海里を州政府が、そして3~200海里までを連邦政府が基本 的に管轄しているため、今回の調査では連邦政府の漁業管理にしぼってAFMA(オーストラリア漁業管理実行機関)、 BRS(第一次産業省資源科学局)などで調査を実施しました。オーストラリアといえばミナミマグロのITQ制度がよく 知られていますが、連邦政府の漁業管理には多様な形態があります。基本的にはいわゆるinput(漁獲努力量)および output(漁獲量)コントロールの2管理手法を組み合わせたり(現在ミナミマグロ、南東漁業のみ)、また、input手法 だけで管理したりしているわけです。要は各漁業に即した管理制度を模索・実行していると言えるでしょう。以前 オーストラリアに住んでいた頃、研究対象の一つとしていたミナミマグロ漁業管理にも興味がありましたが、特に 南東漁業(底曵網漁業)のTACおよびITQ制については混獲魚や同魚種対象複数漁業の諸管理問題などこの種の漁業管 理を連邦政府がどのように対応しているか等、十分とはいえませんが限られた時間の中で参考となる多くを調査で きたと思っています。

4.OECD(経済協力開発機構)水産委員会(1995.2.25-3.3)
 ニュージーランド・オーストラリア漁業管理制度等調査の帰国後、夏から冬へ戻りからだの毛穴も閉まらないう ちFAO会合の報告書やニュージーランド・オーストラリア調査のとりまとめチェックや本庁対策室内での報告会、さ らに5月当中央水産研究所で開催の漁業経済学会における報告要旨準備などをしつつ、自著2編を含む計7編の論文 をOECDで発表する用意も不充分なまま、約3週間後にはパリで年2回開催されるOECD水産委員会へ本庁海洋漁業部野 村参事官を団長としたチームの一員として出席しました。OECD水産委員会では昨年2月以来野村参事官が議長を務 めておられ、しかも、議長として幅広い国際的視野での水産行政知見に基づく的を得た議事進行など各国委員から 高く評価されています。OECD水産委員会は専門家会合と本委員会の順で会議が構成されていますが、筆者も1994年 2月以来3回連続で両方に出席しています。
 本委員会での筆者の立場は行政官の方々へのバックアップ的役割、また、学術的色彩の強い専門家会合では水産 経済研究のプロとしての立場で各テーマに沿った論文の口頭発表、提出および議論への積極的参加でありました。 ご存知の方も多いと思いますが、OECD委員会自体は、何か直接利害関係に結びつく決定をするようなせっぱ詰まっ た国際会議ではなく、昨年ぐらいまではいわゆる先進国間の意見交換の場であり、相互理解をより深める場として ロビー的位置にあったと感じています。ただ、OECD農業委員会のPSE(生産者補助金相当額)の計量化に端を発した GATTウルグアイラウンド農業交渉における議論のように、OECD内での議論が、直接国と国との利害関係に結びつく 国際交渉などに大きな影響を及ぼすこともあり、先進国間の意見調整的役割やコンセンサス作りなどには非常に重 要な位置を占めていると実感しています。
 現在、専門家会合では冒頭でも触れましたように「漁業管理」の経済的側面に焦点を当て(1)国別ペーパー(各国 の漁業管理)、(2)個別事項別ペーパー(混獲・投棄、国際、過剰漁獲能力、多魚種、自主の5経済管理問題)、(3) 総合レポートの計3編を段階的に1997年度までにとりまとめOECD印刷物として出版する方向で作業が進んでおりま す。今までのところ(1)はほぼ完了し、現在特に(2)を中心に進めており、参加国が上記5つの分野に分かれサブグ ループを形成しています。その中で日本は「自主管理」に焦点を絞り、日本の社会経済・制度下における自主管理 に関して、その全体像、および背景や理論並びに諸事例を世界に紹介している段階です。このため筆者の所属する 経営経済部が中心となり、論文8編からなる個別事項別ペーパーを2月の会議で概略を発表しました。その内容は 、質量ともに各国から高く評価を受けています。
 各国から提出されるペーパー類は現地で配布されることが多いため徹夜で読む必要に迫られたり、あらゆる時間 をフルに活用して各国の委員や専門家達と意見交換をしたり、また、委員会全体の流れを体験させていただけるだ けでも大いに勉強になっておりますが、加えて、筆者のような青二才がサブグループ「自主管理」のグループリー ダーとして選ばれ、昨年9月よりオランダ、イタリア、カナダ、ニュージーランド、日本の5ヶ国取りまとめ役を させて頂いていることは、小さなグループではありますが国際会合におけるまとめ役としての勉強もできるという チャンスに恵まれております。

5.イギリス・ノルウェー・アイスランド漁業管理制度等調査(95.3.4-3.17)
 OECD水産委員会が終了した金曜日夜と土曜日午前中で同水産専門家会合の報告書原案をどうにか終わらせ、午後 の便でロンドンへ向かいました。ヒースロー空港で本庁企画課海洋法対策室海外漁業管理制度等調査の欧州第一班 チーム(イギリス、ノルウェー、アイスランド)2名と合流し、現地日本大使館などとの打ち合わせの後、日曜日は 休養をとらせていただくことができました。
 翌3月6日(月)の10時頃からイギリス政府農漁業食料省の課長さんとまる一日、同国漁業管理制度等について聞き 取り調査を行いました。基本的にイギリスの漁業管理制度はEUの共通漁業政策に基づいており、EUが決定するTACの 中でイギリスに国別割当として24魚種が配分されています。これを国内で生産者団体と非団体漁業者の2つに再配 分し、そのうち生産者団体に関しては各団体にその傘下の各漁業者個別配分を任せているのが特徴的でした。
 ビル風のとても冷たかったイギリスでの調査の後、翌火曜日にノルウェー王国の首都オスロへ入り、現地日本大 使館との打ち合わせをし翌日からの調査に備えました。3月8日(水)にオスロの漁業省、3月9・10日の両日ベルゲン にある水産局と海洋研究所の計3ヶ所で聞き取り調査を実施しましたが、両地とも天気には恵まれ思ったより寒くな く過ごせました。調査ですが、移動などのため制約された時間ということもあり重要底魚資源であるタラ(北緯62度 以北)に焦点を絞って行い、その管理制度やロシアとの関係、さらには研究所の役割など、有益な情報を得ることが できたと思っています。北緯62度以北のタラ資源に関しては基本的に各国での資源調査を基礎としてICESの場でTAC 案が検討され、いくつかの選択肢を示したTAC案が勧告されます。そして国際的なTACの決定と配分は関係国の二国 間交渉(対ロシア)が毎年行われ、国内での割当はグループ別(大きく分けてトロール船と伝統漁法)にクォータ配分 され、それをさらに船別割当で配分し管理の基本としています。周知のようにノルウェーは北方でロシアと国境を 接しており、共同管理水域、いわゆるグレーゾーンなる海域での二国管理などあったり独占的販売組合があったり で、社会民主党政権という日本とは違った基調があるとはいうものの非常に興味深く聞き取りをすることができた 次第です。
 さて、3月10日(金)の午後遅くベルゲンから再びオスロへ戻り休養をとることができ、街のメインストリート、 カールヨハン通りの真ん中にある簡易スケート場で楽しむ親子連れ、「叫び」で有名なムンク絵画などがある国立 美術館、ノーベル平和賞の授与式会場となるオスロー大学などを見学し、ホテル近くで多少リラックスすることが できました。3月12日(日)の昼の便でオスロからアイスランドのケフラビック国際空港に入り、バスで1時間弱のと ころにある首都レイキャビックに到着しました。欧州第1班チーム2名が公務予定の関係上ノルウェーから帰国し たため、アイスランドは筆者一人での調査となったわけです。
 当初、現地調査はアイスランド政府漁業省の都合で15日(水)のみとなっていたため、1日くらい郊外にある天然 温泉、ブルーラグーン露天風呂にゆっくり入れるぞなどと密かに楽しみに思っていました。しかしながら、OECD水 産委員会で友人となったアイスランド大学経済学部教授のアーナソン氏に以前から到着したら連絡を下さいといわ れていたため電話したところ、「明日大学へ来て下さい」とのこと。そこで翌3月13日(月)に訪ねてみましたとこ ろ、同大学水産研究所の部長さんを紹介され、その方がなんと翌日(3月14日)の予定を朝7時15分の魚市場に始まり 、小型船主組合、経済研究所、海洋研究所と昼飯を食べる暇もないアポイントメントを夕刻まであっという間にと って下さり、実にうれしい誤算(!?)となったわけです。このおかげで火曜日の聞き取りはどれもこれも一人の研究 者としても大変興味ある情報入手や意見交換ができた上、特に小型船主組合であまり知られていない国全体として ITQ制を押し進めている現段階での小型船漁業(現在ITQ制免除)に関する諸々の管理・経営問題など大変貴重なお話 を伺うことができました。
 15日(水)は漁業省での聞き取りを行ったのですが、なんと同省の事務次官が忙しいなか出たり入ったりはありま したが合計で約3時間以上も、また、法律顧問が朝10時から午後6時半過ぎまでいやな顔もせず昼食まで出してく れるという実に親切な対応をして下さいました。
 現在のアイスランド漁業管理体制への大きな引き金となったのは、イギリスとのタラ戦争末期、1975年7月15日 に制定された「アイスランド沖漁業制限に関する規則」(同年10月15日実施)、いわゆる200海里漁業水域の宣言に はじまったといえます。周知のようにこれは第三次タラ戦争の直接の原因にもなりますが、この宣言自体、第三次 国連海洋法会議(ニューヨーク・カラカス・ジュネーブ各会期)という国際的な流れの中にあったわけで、このよう な時期にアイスランドは自国経済の命運を掛けてこの宣言をしたわけです。それまでの Open Access システムか ら、この海の線引きをきっかけにそれまで実行できなっかた外国漁船を排除した上での資源管理、そして漁業管理 のシステムを紆余曲折を経ながら例えば1979年導入のニシン漁業ITQ制など徐々に整備し、最終的に今日に見られ る1990年制定の法令第38号「漁業管理法」によって6GRT以下漁船を除き全ての漁業にITQを適用するに至っている 、というのが大まかな変遷です。

6.おわりにかえて
 前半のニュージーランド・オーストラリア出張は冬に日本で流行っていた何種類かのひどい風邪の菌を持参した らしく(薬は持参していなかった!)、咳・鼻水・くしゃみがひどくなり高熱が出るという冬の風邪を夏にひく最悪の 状態でFAO会合出席に始まり、これからどうなるのか、とても不安だったことを思い出します。ただ、オーストラリ アへの移動を除けば約10日程ウェリントンの同じホテルに滞在できたことで体力を何とか回復させ、会合への出席 、ニュージーランドやオーストラリアでの調査をどうにか乗り切ることが出来たのだと思っています。
 後半の欧州出張の帰国旅は乗り継ぎ便が悪く、この出張で7回目の飛行機に乗り厳冬のアイスランドからオラン ダへ、次に飛行機を乗り換えオランダからイギリスへ、そしてさらに乗り換えをし9回目の飛行機でやっと東京行 きに乗り約30時間かかった末、春になりつつある日本へとにかく帰る事ができました。帰国後、2週間くらいはひ どい時差ボケと季節ボケに苦しみながら昼は寝ているような状態で仕事をしつつも何とかアイスランド調査報告書 を作成し本庁企画課に提出、また、4月10日の本庁での長官、次長、各部長、各課長などが出席された「各国漁業管 理制度調査にかかわる報告会」用の概略資料もでき、どうにか無事に報告することができました。
 今回の出張を通じ本庁行政職の方達の仕事をほんの一部分でしたが拝見することが出来、大変さを実感し、更に その中に多少なりとも参加させて頂けたことで国家公務員としての自覚を新たに出来たことは有意義な成果であっ たと思っています。今回の一連の出張の機会を作っていただいたり、諸々の手続きをしていただいた本庁研究課、 国際課および企画課の皆様を始め、各出張で御一緒した皆様方や出張先での各国現地日本大使館などの方々には大 変お世話になりました。各個人名を掲載することは割愛させていただきますが、紙面を借りて改めて心よりお礼申 し上げます。
 それにしても、太陽がぎらぎらと照っていた2年振りの真夏のオーストラリアや、雪が地表と平行に吹いていた 白灰色の世界アイスランドなど、結局、温泉には入れなかったものの、実に多くを学ばせていただけました6ヶ国 で計40日間程の出張でありました。

(経営経済部漁業管理研究室)


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