「国連海洋法条約」と水産資源研究

小林 時正

 第1次国連海洋法会議が開かれてから36年経過した昨年11月に「海洋法に関する国際連合条約(通称;国連海洋法条約)」 が発効した。国連海洋法条約の目的は「すべての国の主権に妥当な考慮を払いつつ、国際交通を促進し、かつ、海洋の平和的利用 、海洋資源の衡平かつ効呆的な利用、生物資源の保存並びに海洋環境の研究、保護及び保全を促進するような海洋の法的秩序を確 立する」ことであり、我が国も本条約の批准に向け準備を進めている。それに伴い主として本条約第61条の「沿岸国は自国の排 他的経済水域における生物資源の漁獲可能量(TAC:The Allowable Catch)を決定する」との規定に関わ る新たな課題に組織的に取り組む体制が必要となり、水産庁研究部は国連海洋法条約対策検討会議を発足させ、新しい世界的秩序 の枠の中で我が国の水産資源の管理方策の検討を始めている。ここでは水産研究所資源管理研究部門が「漁獲可能量(TAC)の 決定」にどのように対応しているのか、今後どのようなことが必要となるのか、また当中央水産研究所水産研究官はこの問題にど う関わっているのか、検討すべき事項も含めて以下に記す。

国連海洋法条約と水産研究との係わり
 本論にはいる前に簡単に国連海洋法条約の水産研究に関わる部分について整理しておきたい。
 本条約は前文、15部からなる本文それに9の付属書を含めて条文数が約500からなる膨大な条約で、このうち水産研究に関 係する主要な条文は第5部の「排他的経済水域」、第12部の「海洋環境の保護及び保全」及び第13部「海洋の科学的調査」に ちりばめられている。
 なかでも第5部には水産資源に関係する重要な規定が多く盛り込まれており、前述の第61条、排他的経済水域内における生物 資源の有効利用のための自国の漁獲能力の決定と漁獲可能量の余剰分については漁獲を他国に認める「余剰原則」等を記した生物 資源の利用に関する第62条、ストラドリングストック(第63条)、高度回遊性魚種(第64条)、海産哺乳動物(第65条) 、遡河性資源(第66条)等について規定されている。
 この他第12部では、海洋汚染の防止、軽減及び規制について実行可能な最善の手段を用いること、そしてこの措置には希少又 はぜい弱な生態系及び枯渇するおそれ、損なわれるおそれ又は絶滅のおそれのある種その他の海洋生物の生息地の保護及び保全( 第194条5項Lさらに第13部では海洋の科学的調査を実施する権利及び可能な調査内容の範囲と義務並びに国際協力や情報提 供等、海洋の科学調査について広範にわたり規定されている。
 これまで水産研究所では主に第5部に関して取り組みを進めてきたがこれからは海洋の汚染防止対策や汚染実態のモニタリング と評価基準の設定、希少生物の保護や生態系を考慮した環境の回復のための手法開発の調査研究等に関しても広く論議することが 必要となろう。

日連海洋法条約への資源管理部門の対応と水産研究官の役割
 国連海洋法条約が発効したのを機に水産庁内に海洋法対策室が設置され、我が国もTAC制の導入を検討することが昨年秋に明 らかになった。
 そこで主に水産研究所資源管理部等に係る国連海洋法条約への対応の検討を円滑に行うため、新たに水産庁研究部長が召集する 国連海洋法条約対策検討会議が1995年1月に設置され、漁獲可能量制度が十分に確立するまで継続することになっている。
 この会議は遠洋水産研究所を除く6水産研究所の資源管理部長等からなる資源管理部長等会議と遠洋水産研究所も含め各水産研 究所から原則1名が委員となる担当者会議で構成され、前者では国連海洋法条約批准にともなって想定される問題点について全般 的な検討を行い、後者ではその検討を受け、具体的な技術的問題について検討している。
 担当者会議では「TAC」が主要な課題であり資源解析法の理論的検討が重要と位置付け当研究所数理生態研究室から1名の委 員を別途選出している。
 この国連海洋法条約対策検討会議での討議は全国的視野で取り組むことが必然的であることから、当研究所は各水産研究所との 連携を保ちつつ検討を進めることとなる。したがって、前者の会議では水産研究官が進行と取りまとめを行い、後者では資源管理 研究官がそれを行っている。
 また、事務局は水産庁資源課と資源管理研究官がつとめている。
なお、第1回の資源管理部長等会議では主に漁獲可能量の算定に係る問題を論議し、次のように意見集約された。
①漁獲可能量の算定に関する調査研究は各水産研究所の研究基本計画にも明記されているように水産研究所本来の業務である。
②漁獲可能量(TAC)設定に関する水産研究所の役割は生物学的根拠に基づく望ましい漁獲量(ABC;Allowable Biological Catch) を算定し、水産庁(行政)に提出すること。併せて資源の保存と最適利用のための白然科学的側面の検討結果を含め提出する。
③水産研究所間、部門間の連携を強化すること。
④国連海洋法条約の批准に係る対応を契機として、漁業が抱える諸問題をどう解決していくのか、漁業政策や理念が問われている。 水産研究所として漁業政策への提言を含め積極的な寄与を心がける。
 また担当者会議では①漁獲可能量の概念及び漁獲可能量を設定すべき資源のカテゴリー、②個々の資源に対する漁獲可能量の算定 のケーススタディの試行と問題点の摘出、③資源動向予測に対する環境問題と新規加入量把握等について論議したが、この担当者会 議では技術的な問題を検討することが主任務であることからすでに設置されている我が国周辺漁業資源調査見直し作業部会との任務  分担を明確にしていく必要がある。

急がれるABC算定法の確立
 このような背景のもとに新たなABC算定のためのシステム作りが必要になっている。
 幸いなことに平成7年度から新しく「我が国周辺漁業資源調査」が始まり、この調査事業を土台とすることが出来た。
それは新資源調査の最大の見直し点が従来行われてきた相対的な豊度を指標とする評価方法から、資源を数量的に把握し評価するよ うに改善したことで、それに合わせてデータ収集から資源量推定までのシステムが構築されていたからである。それゆえABCを算 定するシステム作りは、この新資源調査のシステムをもう一段進展させることで対応できたのである。しかし、いざABC算定に取 り組むとなると新たな問題が出てきている。それはマイワシ、マサバ等資源変動の大きい浮魚類やサンマやスルメイカ等の寿命の短 い魚種のTACはどう考えたらいいのか、新規加入量を維持させるためにはどれだけの親魚量を残すのかといった問題や、ABC算 定の理論的根拠である資源管理目標の策定基準をどう決めるかとか、どんな資源解析モデルが適応できるのか等である。これらの問 題に対処するにはすでに諸外国の研究機関で取り入れている漁業管理方策やABC算定方式の事例解析研究が大いに役立つであろう。 なお、参考までにTAC算定方法について当水産研究所での国連海洋法条約に関する所内勉強会で生物生態部資源生態研究室から説 明のあった5つの方法(型)を以下に引用させていただく。

①資源量はコホート解析から推定し、資源量の1/3を漁獲可能量とする従来型
②過去5カ年の漁獲量の平均値を漁獲可能量とする実績型
③MSYを与える漁獲量あるいは漁獲努力量から漁獲可能量を決定するMSY型
④MSYが明瞭でない場合、Y/Rと漁獲死亡係数とからF0.1則によりFを求め、別途推定した資源量との関係から漁獲可能量を決定するF0.1則型
⑥再生産関係を利用して健全な再生産を確保するような親魚量(SSB)を残す再生産関係型
各評価対象群毎にこれらの他、新たに開発されるTAC算定手法も含めて、それぞれの評価群に適した方法を決めていくことになる 。

信頼性の高いABCをめざして
 我が国周辺漁業資源調査では水産試験場等の協力を得て平成7年度には89の評価対象群について資源評価を実施することにして おり、第1回の資源評価会議が開催される平成8年3月に初めていくつかの評価対象群についてABCが算出する。ABCが算定で きるか否かは収集したデータの信頼性や資源特性値の把握状況にかかっている。したがって、ABC及び資源動向予測の信頼性を高 めるためには生態的特性や変動特性等の基盤的な研究を積み重ねていくことが重要である。
 あわせて、資源研究の基礎である年齢・日齢の迅速、大量査定技術の確立及び資源現存量の直接推定法の確立並びに資源動向を早 期に把握するための新規加入資源量の把握手法の開発等、資源評価の精度を高めるために緊急に取り組むべき技術開発を推進するこ とも必要である。これらの課題については特定水産資源評価技術開発調査により今年度から3一5年計画で取り組みが始まった。
 当水産研究所は計量魚探によるマイワシ、マサバ等浮魚類の資源量を高精度で推定し評価する手法の開発と、浮魚類の後期仔魚の 表層採集による定量評価法およびそれに基づく加入量予測の手法開発に取り組んでいる。これらの課題を一つずつ解決することが客 観的で信頼性の高いABC算定法と管理方策の確立につながり、合理的で持続可能な資源の利用に貢献していくことになる。
 一方、資源評価会議で算定されたABCは水産研究所として責任を持って提出できるABCですと言えるものでなくてはならず、 そのためには資源評価や資源解析手法に関して大学等外部の専門家の協力を得て明確な資源管理目標の基準作りをしたり資源量推定 調査手法の改善等を行うワーキンググループを設置することや、評価結果を水産研究所の合意としていくために総合的に検討する場 を設ける等ABCの信頼性を高めるシステムを作り上げることが緊急な課題である。
 これまではTAC制導入にともなう主に生物学的な判断に基づく漁獲可能量及び資源管理目標について述べてきた。しかし、資源 管理方策を作成するには、現在の資源をどのように利用しながら目標とする資源水準に近づけていくのかという現実的な問題に対応 する必要があるが、これには資源管理部門だけで判断できない要素が含まれており、今後早急に取り組むケーススタディにおいてそ の点が十分反映されるよう、行政や関連部門との意見交換が必要になろう。
 このように、漁獲可能量の算定が軌道に乗るまでにはまだまだ解決すべき問題が多く残されており、これらの問題には節目毎に水 産業関係試験研究推進会議や国連海洋法条約対策検討会議等を通じて対処していくことになるが、多くは日常活動の中で対応してい かざるを得ない。
 今後もこれら会議の事務局としての任務を呆たす機会が多くなることが予想される。情勢を的確に把握し、おかれている状況を判 断しながらこれらの問題に対応すべく努力していく所存である。

(資源管理研究官)


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