日英科学協力事業共同研究に参加して

浜野かおる

 今回幸運にも二国間共同研究に参加させていただくことができ、3月12日から3週間 、スコットランドのセントアンドリュース大学ガッティ臨海実験所にて実験をする機会に 恵まれました。ことのはじめは昨年度の重点基礎研究の招へい研究員としてガッティ臨海 実験所のNeil Hazon博士の中央水産研究所への来所でした。彼は東京大学海洋研究所の竹 井先生と共同で、広塩性魚類を用いて浸透圧および血圧調節機構の解明の研究をしており 、来所の際には日本のドチザメを使って浸透圧調節ホルモンの一つアンギオテンシンの血 圧調節能を研究していました。
 一方、私たちの研究室では2年前から農林水産省の一般別枠研究「健康性機能」のプロ ジェクトの中で、摘出血管を用いた水産物成分機能の迅速評価法の開発をしており、その 手法を応用してサメ摘出血管の収縮能から血圧調節能を評価できるのではということから 、共同研究に加えていただきました。私たちの研究室ではアンジオテンシンの血圧調節能 に関してサメの摘出血管を用いたin vitro実験を担当し、アンジオテンシンIIの血管収縮 作用はαブロッカーによって全く抑制されないという興味のある結果が得られてきていま す。今回の渡英では英国側の持つ伝統的な実験手法(魚の血圧を測定するテクニックや魚 体内の水の収支を測定する技法など)を直接学ぶことができ、そしていろいろな貴重な体 験もさせていただきましたので、気づいた何点かを紹介いたします。
 3月12日初めての1人旅の私は、IRAの活動が活発だった頃の危険なヒースロー空 港という思いこみから抜け出せず、不安におののきながら成田空港を出発。無事ヒースロ ーでの乗り換えも済み、国内線にてエジンバラ空港に飛びました。12日の夕刻到着。エ ジンバラ空港までHazon博士が車で出迎えてくれ、80マイルのスピードで約2時間かか ってセントアンドリュースに着きました。高速でもない普通の道を約120kmという高 スピードで走ることにまず驚きました(無駄なこととは分かっていてもついつい車に掴ま ってしまった)。彼がいうにはこれが普通で、ゆっくり走るとかえって危ないと。日本で はみんなゆっくり走っているので少し苛立ったということでした。日本では交通渋滞で早 く走りたくても走れないのだと一応弁護しておきましたが、やっぱりゆっくり走った方が 安全だと思うのですが...。延々と続く牧草地帯を抜けセントアンドリュースに着き、 滞在することになっているヘップバーンホールという学生寮に案内されました。その時は 暗くてよく見えませんでしたが、勝どきの旧庁舎を思い出させる古い石造りの建物で、北 海道より北に位置するスコットランドですが、建物内は快適に生活できるよう改装してあ りました。こんなところがいかにもイギリスらしく、丸一日眠っていなかった私は百年以 上も使っているであろうベットで清潔なシーツに包まれ深い眠りに落ちました。

セントアンドリュースの町なみ(46kb)

 翌朝8時に朝食を済ませ、そこから歩いて約30分のところにあるガッティ臨海実験所 に向かいました。セントアンドリュースは全英オープンの開かれるオールドゴルフコース で有名な観光地ですが、オフシーズンのためとても静かでした。メインストリートが3本 の小さな町ですが歴史のある町並みが美しかった。家という家の外装はほとんど古い石造 りで石畳と落葉樹の組み合わせがイメージ通りのスコットランドを演出していました。そ して町にはセントアンドリュース大学の各学部が点在していて町全体が学生の街といって も過言ではないくらいでした。

Gatty Marine Laboratory(122kb)
(最も海に近い灰色の建物)

 町郊外に位置する臨海実験所は海に面した小さな実験所で、教授1人、スタッフ9人、 ポスドク17人、リサーチアシスト7人、テクニシャン7人、秘書2人そして大学院生2 3人という構成でした。スタッフが一つずつ部屋を構えており、学生を含めて1グループ 平均約10名といったところでした。一つのグループにはリサーチアシスト(実験を補助 する)かテクニシャン(機械のメンテナンス等の専門家)がいて研究を補助してくれてい ました。水産研究に重要な水槽室にも専任のテクニシャンがいて、小さいながら効率よく 使えるようになっていました。水槽室には20以上の大型円形水槽がならび、実験に使用 するための魚たちが飼育されています。個々の水槽が淡水海水の調節、温度管理等可能に なっていてきちんと管理されています。私は3週間のほとんどをヨーロッパドチザメとヨ ーロッパウナギと格闘しながら水槽室に面する小実験室で過ごしていましたが、水槽室の 回りには小実験室がいくつか作られており、個々の実験室内に魚を持ち込み実験を行うシ ステムになっていました。個々の実験室でももちろん魚を飼うことはでき、電極をつけら れた魚やカニュレーションされた魚等が飼われていました。この施設の作りはかなり使い やすく効率がいいように思われました。でも寒かった...。
使いやすい割には、実験所全体が質素で、実験器具など最低限しか用意されていません。 けれども器具洗いの人を雇っているためあまり不都合は感じません。機械も揃っていまし たがほとんどのものが共通で使うようになっていて、これも専門のテクニシャンが管理し ているため可能なのだろうと思いました。全般的に質素ですが、すべてにおいてアクティ ブで、ネットワークに接続されている10台ほどのコンピューターも学生を含めた研究者 たちがひっきりなしに使っていました。何となく予算の使い方が日本とは異なっているよ うな気がしました。

水槽室(57kb)

水槽室まわりの小実験室(89kb)

 最も違いを感じたのはcommunity roomに於いてのことです。この部屋は休息室のような もので常時、時間の空いた人たちが集まり様々な話をしています。 Nature、Cell、Gene 等の10冊程度の雑誌とその日の新聞3種類ほどがおいてあり、そんな雑誌等を見ながら あるいはデータを手にしながら話しています。異なる分野の人たち、たとえば生態学、発 生学、生理学の人たちが次々に話に参加してきて、このような光景は日本ではあまり見た ことがありませんでした。これはアイデアの発掘には絶好のチャンスになり得るし、知識 の蓄積にもなり、さらには討論の練習にもなります。私たちの水研にはせっかくいろいろ な分野の研究者がいるのだからこのようなことは可能だなと思いながら(建物がちょっと 広すぎるのかな?)、少々うらやましくもありました。みんな(グループの人たちだけで なく所内の人全員が)仲が良く、攻撃的あるいは否定的な態度で話に加わる人は私の知っ ている限りでは見られず、仲間意識があるせいかpositive思考の考えに基づいているよう な気がしました。とても気持ちがいい間柄でお互い高めあっているように見えました。ど この国においても人種偏見をはじめとして様々な偏見があり、単一民族?といわれる日本 も例外ではありませんが、ガッティの研究者たちは幼少の頃からの教育のせいか、学生の 頃から諸外国の人たちと一緒に学んでいるせいか、国際的な視野で研究しているせいか、 理由はよく分かりませんが、各国から集まっている研究者および学生たちの様子から相手 に対する偏見等垣間見ることはありませんでした。なれあいになっている様子もなく、助 け合って高めあっているように感じました。こんな小さい研究所で成果を上げているのは こんなところにも原因があるのかもしれません。
 このようなことを感じながらホームシックに陥る暇もなくあっという間に3週間が過ぎ ました。週末には1000年もの歴史のあるお城や大聖堂等を案内していただき、一方で は日本にも匹敵するような歴史があることをたどたどしい英語で自慢しながら、後ろ髪を 引かれる思いでセントアンドリュースを後にしました。そして諸外国の研究者が共同研究 等で中央水産研究所を訪れた際には、物質的な点だけでなく精神的にも快適に研究できる と感じてもらえるような、そしてアクティブで誇れる研究所でなくてはと痛感した次第で す。
 3週間という短い期間でしたが、実験も順調に進み快適に過ごすことができました。残 るはpaperにまとめるだけ(これが最も苦手で苦痛なのですが...)です。この領収書 に関しましては自分自身の尻をたたきながら何とかがんばらねばなりませんが、このよう な機会を与えてくださいました方々およびご協力くださいました方々に深く御礼申し上げ ます。

(生物機能部分子生物研究室)


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