平成7年2月16日より1カ月間にわたり中国における淡水魚の流通と利用加 工について調査を実施してきた。これは日本と中国が淡水魚の流通・利用・加 工に関する共同研究を開始するため、国際農林水産業研究センター(JIRCAS) の要請で行ったものある。調査は上海水産大学を拠点に無錫市、西安市、広州 市等の研究機関、内水面養殖場、流通市場、加工施設などを訪問し実施した。
1.中国における水産業
はじめに中国の水産業全般について俯瞰する。漁業生産量は1979年には430万
トンと低迷していたが、開放政策開始後急上昇し、1991年には1,354万トンと日
本と首位の座を交代し、1993年には1,826万トンと群を抜く世界一となった。内
訳をみると、海面漁業767万トン、海面養殖業309万トン、内水面漁業102万トン
、内水面養殖業648万トンと、淡水(内水面)生産量が著しく高いことが中国水
産業の特徴の一つである。
2.淡水(内水面)の漁業および養殖業
中国には黄河、揚子江などの大河川、また日本の琵琶湖より遥かに大きい青海
湖、洞庭湖、太湖などのほか、無数の河川や湖沼がある。確かに機上や車窓から
見ると河川、湖沼、クリークなどの外に、河川の両岸や田畑の間に大小様々な
養殖池が至る所にある。
1993年の淡水生産量は750万トンで、これは中国総生産量の41%に当たる。地
域別では、香港に近い広東省が122万トン、上海に近い江蘇省が111万トン、武漢
のある湖北省が101万トン、洞庭湖のある湖南省が71万トン、そして江西省が56
万トンと、30ある行政区のうち5省で中国の淡水生産量の61%を占めており、地
域的偏りが大きい。
淡水生産の内訳を、1992年の統計で見ると、全体の624万トンのうち、魚類が
599万トン(96%)、エビ・カニ類は12万トン(2%)、貝類は11万トン(2%)
で、魚類が大部分である。
魚種別については、淡水魚生産量中国第二位の江蘇省での聞き取り結果から、
総生産量111万トンのうち概略ハクレン、コクレンが40%、草魚、へん魚
(コイ科、日本にはない)が30%、コイ、フナが30%であった。特産種とし淡
水養殖の目玉と力を入れているカニ、エビ、スッポン等は3~5万トンと全体か
ら比べるとまだまだ低い。この構成比は陜西省、広東省でもあまり変わるもの
ではなかった。
なお、中国では市場経済制への移行で養殖生産も高く売れる商品への傾斜を
強めており、生産量増大の計画との整合も今後の問題点であろう。
3.淡水魚介類の流通
中国には日本の様な漁業組合組織はなく、また大規模な生産地市場や消費地
市場もない。淡水魚介類の流通の図式は、一般に淡水漁業者、養殖漁業者→卸
売り市場→自由市場→消費者となっているが、途中の卸売り市場を飛び越す流
通もある。各都市には卸売り市場が複数あり、自由市場は消費者が自転車や徒
歩で行くことができる範囲にあり、至る所にあるといっても過言ではない。海
産漁獲物もこのルートで同時に流通している。
西安市卸売り市場の朝。(47kb)
仕入れた活魚を三輪バイクや自転で自由市場や小売店まで運搬する
西安市の自由市場(107kb)
ただし、淡水魚介類の流通は、活魚輸送が主であるので流通範囲は非常に狭
く、例えば上海市と無錫市は汽車で2時間足らずの距離にあるが、それでも無錫
市周辺の淡水魚介類が上海市で消費されることはあまり多くない。
市場での供給量と種類は自ずと地域の特徴が色濃く出る。上海市や広州市(
広東省)では活淡水魚介類と生鮮海産魚が豊富に並べられていた。なお、広州
市卸売り市場には大規模な塩干品だけのコーナーがあり、太刀魚、マナガツオ
、タイ、エビ等多種類の塩干品が主に地方に出荷されていた。無錫市の市場で
は活きた淡水魚介類が所狭しと水槽に入れられ売られていた。一方、淡水魚介
類の生産量も低い内陸の西安市の市場では、水産物の3分の2以上が冷凍海産魚
介類で占められていたのが印象的であった。
広州市の魚屋。(90kb)
リンユー(コイ科、日本にはいない)の切り身販売。
リンユーのすり身も売られていた。
中国の水産物流通の特徴は、海産魚介類は冷凍され広域的に流通していたの に対して、淡水魚介類は活魚流通が主で氷蔵や冷凍流通は発達していないこと である。これは中国の食糧供給の大きな問題であり、淡水魚介類の鮮度保持、 凍結貯蔵に関わる基礎応用研究は極めて重要な課題であると痛感した。
4.水産加工業
1993年の水産加工品総生産量は286万トンで、これを原料換算すると560万ト
ンとなり、全漁獲量の31%が加工に向けられたことになるが、日本に比べると
加工率は低い。
水産加工品の内訳を少し古いが1989年の統計から拾ってみると、総生産量164
万トンのうち冷凍魚が120万トンで全体の73%を占めているのに対し、塩干品
は13万トン(8%)、魚粉は5万トン(3%)、調味製品・発酵食品が5万トン(
3%)と、実際の加工製品は極めて少ない。しかも大半は海産魚で淡水魚貝類の
加工は非常に少ない。
1993年現在、中国全土には冷蔵および加工の企業体が4,291ある。従業員は
17.1万人となっている。冷凍庫は3585棟あり、1日の凍結能力は5.5万トン、冷
蔵能力は93.7万トン、製氷能力は488.2万トンである。以上、見てわかるように
流通の基盤となる冷蔵庫などのコールドチェインの整備は低いレベルにある。
ちなみに日本の冷蔵能力は2,000万トンを越えている。
5.淡水魚等の冷凍すり身および練り製品産業
1986年に日本の国際協力事業団の協力で始められた上海水産品加工技術開発
センター等の努力によって、今日中国各地で海産魚や淡水魚を原料に冷凍すり
身や練り製品が生産され始めている。現在、中国で淡水魚を原料としてすり身
を生産している工場は、湖北省の武漢市、鄂州市、広東省の順徳市、広西省の
北海市の4工場である。
鄂州市での例を示すと、すべての機械設備を日本から輸入して1993年から生
産を始めた。1日の冷凍すり身の製造能力は8トンで、約40トンの原料を処理出
来る。原料は草魚も利用されるが、ハクレンが主である。ハクレンは漁獲量の
最も多い淡水魚であるが、消費者から敬遠される傾向にあり、消費が低迷し値
段も安く、冷凍すり身等大量処理加工原料としての活路が求められている。し
かし、製造された練り製品の弾力はやや固くしなやかさに欠けるため主に魚肉
ソーセージなどに利用するのみで、技術の改良が必要とされている。
ハクレンのすり身から製造された魚肉ソーセージ。(51kb)
中国人はカマボコよりソーセージが好き。
問題点は、一つは魚肉練り製品を食べる習慣が無いため国内での販路開拓が 進まないことと、二つ目は、すり身の品質が悪いため日本から引き合いがなく 輸出が期待できないことにある。理由として日本から導入した装置および技術 が海産魚スケトウダラを対象としたものであるため、淡水魚に適していないこ とも大きな問題であると思われる。したがって、淡水魚肉タンパク質の加工機 能に関する基礎応用両面の研究に着手することが問題解決のために必要と思わ れる。
6.動物タンパク質供給と淡水魚
世界最大の人口を抱える中国は、現在12億を越え世界人口の22%を占めてい
る。中国の人口問題は国内だけでなく、近隣諸国への影響は大きく、最大の問
題は食糧供給である。今日中国は食糧の輸出国であり、日本の中国からの食糧
輸入量はアメリカに次いで第二位であるが、このまま経済成長を続ければいず
れ輸入国に転ずることが予測され、我国への影響は重大である。
特に、動物タンパク質の増産は、植物性タンパク質に比べて難しいことが指
摘されているが、今日中国で強力に進められている淡水養殖業の生産拡大はこ
れに対する施策として注目しなければならない。
FAOの統計(1986~1989年)によると中国の動物タンパク質供給量は12.1g/
人日で、これは世界の平均値(24.7g/人日)の半分以下であり、日本(52.2g
/人日)の23%にすぎない。また漁獲量が世界一になった中国でも、人口が多
いため水産物の供給量は8.0kg/人年であり、動物タンパク質の中での水産物
のタンパク質の割合も19.6%と高くない。因みに、世界の水産物の供給量平均
値は13.1kg/人年で、対動物タンパク質の比率は15.7%、日本の供給量は71.2
kg/人年、対動物タンパク質の比率は40.4%である。
また、中国における動物タンパク質の供給量は地域格差も大きい。この格差
は、家畜類タンパク質の供給量の差によるところもあるが、それ以上に、主に
水産物の供給量が沿岸域に偏り、内陸部が少ないという水産物タンパク質の供
給量の多少も影響している。したがって、均衡のとれた淡水養殖業の発展と同
時に、淡水魚および海産魚を含めた流通の基盤整備が急務である。
7.上海水産大学の概要
水産系大学は農業部(日本の農林水産省)に4大学と教育部(日本の文部省
)や省(地方行政組織)立もあり、合わせて15の大学で水産教育と研究が行
われている。
ここでは、日本と共同研究を計画している上海水産大学を紹介する。同大学
は農業部に属する4大学のうち唯一の総合大学で中国水産教育の中心的な存在
であり、卒業生は全国各地で活躍していた。大学は3年制で漁業、食品、工程
技術の三つの学院(学部にあたる)の外に経済貿易系、外語系、基礎学科系お
よび成人教育学院で構成され、教育範囲も教育対象も重層的且つ多岐にわたっ
ている。漁業学院には水産養殖、環境資源、海洋漁業、航海の4学科、工程技
術学院には冷蔵技術、機械電子技術、情報科学、海洋技術の4学科、食品学院
には食品科学技術、生物工程、食品栄養品質管理の3学科が属している。
大学関係者は予算や設備などの厳しい環境の中で研究活動を続けており、研
究報告書「上海水産大学学報」が年2回発行されている。多くの日本の水産関
係書籍が中国語に翻訳され利用されていた。
8.水産研究機関の概要
中国では、水産局(日本の水産庁)の中国水産科学研究院のもとに11の研
究機関、および、中国科学院(日本の科学技術庁)や地方行政組織も独自に研
究機関を設立している。今回の調査で訪問した6研究機関をここに紹介する。
東海水産研究所は水産科学研究院に所属し海洋の研究機関であり上海水産大
学に隣接している。海洋漁業資源研究室、漁場環境研究室、海洋漁労研究室、
海水養殖研究室、水産品加工研究室、魚類学研究室、水産科学技術情報研究室
の7研究室で構成されている。水産加工品研究室では日本からすり身および練
り製品製造技術を導入し研究業績を残している。船内で鮮度保持研究、魚肉液
化タンパク質の研究、甲殻類キチンの研究などがこれまでの主な成果である。
南海水産研究所は広東省広州市にある海洋関連の研究所である。海洋資源研
究室、海水増殖研究室、漁撈技術研究室、水産加工研究室、生物製品研究室、
魚類栄養研究室、環境研究室、および、海産養殖試験地(海南島、深せんの2
カ所)から構成されている。貝毒、赤潮、重金属などの研究を推進するため1993
年には生物製品室を新たに設けている。広東省は中国の中で最も水産加工業の
活発な地域で、水産加工研究室のスタッフと魚肉練り製品研究について興味あ
る議論をすることができた。なお、水産加工研究室を有する国立研究機関は上
記2機関の外、黄海水産研究所(青島)に有るのみである。
淡水漁業研究センターは中国水産科学研究院に属し、江蘇省無錫市太湖の畔
にある。魚類遺伝育種、魚類栄養と飼料、魚病防疫、大水面増養殖、生物技術
、漁業生態環境保護、漁業経済などの研究室で構成され、中国の淡水養殖研究
の中心に位置付けられている。建鯉の選抜育種、淡水真珠養殖の研究等をして
いる。発展途上国から多数の研修員を受け入れ淡水養殖技術の普及にも貢献し
ている。
珠江水産研究所は広東省広州市にあり、中国水産科学研究院に属する。魚類
育種、養殖技術、魚病防疫、漁業資源、漁業環境保護、水産情報の研究室で構
成されている。珠江デルタの淡水養殖の中心的役割を果たしている。
黄河水産研究所は陜西省立の機関で西安市にある。下設養殖、大水面養殖、
新品種の三つの研究室からなる小規模研究機関である。淡水養殖の後進地域で
あるため、四大家魚(ハクレン、コクレン、草魚、青魚)の養殖研究が中心で
あるが、ウナギ、ナマズ養殖、建鯉の選抜育種などの研究も推進している。
江蘇省淡水水産研究所は省立機関として、江蘇省淡水養殖の普及指導の役割
を果たすと同時に、地方機関としては数少ない利用加工分野の研究室を設置し
ている。水産養殖、特殊水産養殖、漁業資源、水産品加工、魚病、飼料、漁業
機械・情報資料の研究室で構成されている。利用加工分野では、草魚の皮を靴
やサイフに加工する研究、魚の胆嚢(熊の胆嚢の代替)の研究、スッポンエキ
スやウナギの骨の健康食品化の研究に取り組んでいた。
9.あとがき
今日の中国社会を見る時のキーワードは「社会主義市場経済」であろうか。
これは国家の指令で経済的生産が決定されていた従来の機構ではなく、市場で
の優勝劣敗によって、生産物の種類も生産量も価格も決定されるシステムであ
る。私の見た中国の水産物の生産・流通・加工の姿はその渦の真っ直中にあっ
た。農業から身を起こし1200haの養殖池と120人の従業員を使い、ウナギ、スッ
ポン、上海カニの養殖に夢を語る養殖場長や、国営企業を辞めて淡水魚すり身
工場を設立した社長とも会うことができ、生身の中国を知ったことも貴重であ
った。
中国では西暦2000年には漁獲量を2,850万トンと計画している。当然淡水魚
介類の生産量の増加にかなりの期待をかけていると思われる。中国における淡
水魚介類の生産は中国の食糧問題の解決に重要な意味を有しており、これに関
連する技術の集積は同様の条件を有する発展途上国への波及効果も大きい。我
国が中国における淡水魚介類の流通・利用加工を含めて総合的に広く研究協力
を行うことの意義は深く大きい。
(加工流通部加工技術研究室長)