中央水研ニュースNo.10(平成7年1月発行)掲載 |
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研究室紹介-生物機能部細胞生物研究室
当研究室の前身は東海区水研の生物化学部蛋白化学研究室であったが、平成元年の機構改革により生物機能部細胞生物研究 室と改称された。機構改革以前は増殖部門との関係が深かったが、機構改革後は資源部門との連係が強化されることとなった 。“細胞生物研究室”と聞いただけで何をやっている研究室かすぐに判る人は水研の中でもそう多くないと思う。研究室の性 格を端的にひとことで表現するのは難しいが、敢えて言えば“水産生物の有する多様な機能やその特性を細胞レベルから究明 する”研究室である。 現在実施している研究課題は大きく分けて3つの分野にまとめられる。第一はプロテアーゼとそのインヒビターに関する研 究である。プロテアーゼは細胞内外で起こる様々な生体反応に作用し、成長や成熟、生体防御など魚類生理に密接に寄与する 一方、魚肉の自己消化や異常軟化の原因となることをこれまでの研究によって解明してきた。さらに、プロテアーゼとインヒ ビターの化学構造や遺伝子発現を解析し、酵素活性の制御機構を明らかにする研究を行っている。 第二は環境適応の分子機構に関する研究である。急激な水温変化、重金属、低酸素などのストレスにさらされた魚の体内で 生成される複数のタンパクが細胞内での蛋白質の変性防止や再生に関与しているものと考えられる。ニジマスの培養細胞を材 料として、ヒートショックや低温順化で誘導される多数の遺伝子を見いだした。現在、これら遺伝子の構造と機能を調べてい る。近い将来、魚類の温度適応能・順化能を決める遺伝子の全貌が明らかにされれば、低温、高温などに対する魚類のストレ ス応答を評価する強力な手段となるだけでなく、ストレスに強い種苗が作出されるに違いない。 浸透圧調節も適応に関する重要なテーマである。サケのような広塩性魚類は河川と海洋といった塩分濃度の異なる環境に巧 みに適応しており、浸透圧調節機構を解明するには格好の材料といえる。従来の、ホルモンによる調節という個体・器官レベ ルでの解析にとどまらず、前述のストレス蛋白質研究の一端として、細胞レベルでの浸透圧変化に応答するタンパクの同定と 遺伝子解析を進めている。この遺伝子を切り札として、魚類の淡水・海水適応と回遊のメカニズムが解明されるだろう。周囲 からの期待も大きく、夢のある研究分野である。 第三は天然資源を対象とした系群および種の識別に関する遺伝生化学的研究で、資源動態解析の精度向上に役立つ知見の蓄 積を目的としている。目下のところ、系群の識別については日本沿岸のウルメイワシをアイソザイム分析で、南太平洋のガス トロをミトコンドリアDNA分析で調査しているところである。また、種の識別については、関係水試の協力を得て日本沿岸 各地から集めたさば類の当才魚(マサバとゴマサバの混合標本)をアイソザイムで簡便に判別し、両魚種の分布・回遊の実態 や量的関係を明らかにしようとする研究を進めている。さらに、平成7年度からはじまる特研“種判別”では、稚魚に含まれ る極微量のDNAの特異的領域を手がかりとした種の識別手法を開発し、外部形態では種が特定できない稚魚を簡便かつ迅速 に同定する大規模調査手法を確立する計画である。
現在の室員は和田、沼口、山下、坂本(特別研究員)、尾島の5名である。上記の第一の研究は山下が、第二の研究は山下
と坂本と尾島が、第三の研究は和田と沼口が担当している。ロートル組を除く3名の平均年齢は29才と若く、連日夜遅くま
で精力的に分析をこなし、学会やシンポジウムで次々と成果を発表している。また、他の部の若手研究者数名も加わって定期
的に勉強会を開くなど、部を越えた研究グループを形成して積極的に活動している。
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