蒼鷹丸の竣工にあたって

蒼鷹丸代船建造委員会研究作業部会 森 慶一郎


 とうとう新蒼鷹丸が出来上がった。旧船よりも一まわり大きく、姿も美しい。さすがに新造船で、外板のどこにも 赤錆が見られず、甲板のチーク材に一筋の傷もない。11月18日から3日間、習熟航海の一部に乗船してみて、研 究室まわり、主要な観測機器の作動に問題が無いことを確認し、本船の建造の一部に関わった者として一安心してい る。
 旧蒼鷹丸も良い船だった。仕事第一という基本が貫かれ、船型の<割には広い研究スペースが確保されていた。新船 においてもこの方針が維持されている。まず研究室が広い。各種観測作業、実験が同時に行われても不都合が生じな いだけの広さがあり、有毒ガス発生の可能性のある作業のために、小さいながらドラフトつきの化学実験室が独立し て設けられている。船の中で最も揺れない主甲板中央部に配置され、観測が行われる前・後甲板への動線も短い。観測 支援装置も、主としてCTD用のAフレーム、2台の観測用クレーン、特殊船尾ギャロス等が装備され、観測作業の 省力化が図られている。ウィンチ類は必要なだけ統合されており、甲板がウィンチだらけという状態はたくみに避けら れている。観測機器の多くはコンピュータと直結し、野帳に鉛筆で記入するということはおそらく起こらないだろう。 30年前の調査船ではナンセン採水器と転倒寒暖計が主役であった。隔世の感がある。計量魚探による観測精度の向上 のために振動と雑音の発生が極端に抑えられ、アンチローリング対策も施されているおかげで、静かで揺れず居住性も きわめて良い。自分もこんな船で働いてみたかったなあというのが正直な感想である。
 忘れないうちに、新船建造に研究側がどう関わって来たか、どういう問題点があったかを書き残しておきたい。代船 建造の方針が具体化した後、平成3年1月から5月にかけて、所内では船長を長とする常設の「測器協議会」を中心に 「どういう船を造るか」についての議論が盛んに行われた。水産庁直属ではなく、中央水研所属という条件があり、し かも旧船以来の調査船に対するイメージがかなり共通していたこともあって議論が発散することはなかったが、トロー ル船にするかどうかではかなりもめた。海洋生産部の物理関係の研究者は、ごく自然なことながら、魚を獲ることに興 味がない。余分なものは省き、海洋観測が能率的にできる海洋観測船を頭に描く。資源部門ではこの際どうしても中層 トロールが欲しい。ところがトロールを装備するか否かは船型、トン数、ハウスの位置等最も基本的な部分に影響があ る。船尾式トロールを装備すると、そのための作業スペースが必要となり、研究室スペースが充分にとれなくなってし まう。網メーカーの技術専門家に相談する等して、トロール網を直接ウィンチに巻取ってしまう方法を採用することで この問題は解決された。この他にも数多くの問題が生じ、それなりに解決されたが、「調査船はかくあるべし」という 整然とした作文が出来たということではない。仕事をしやすい船を作ろうという共通の目標の下に、各部門の現実的な 妥協がはかられたということだと私は解釈している。出て来る希望を全部満たすような船などあり得ない。「なんでも 出来る船」は「なにも出来ない船」だと言うのは正しいと私は今でも考えている。
 建造仕様書が出来上がるまでは仕事の中心は水産庁漁船課で、この段階では本当に会議が多かった。この時期は水研 の移転に伴う諸会議等と重なったこともあり、正直もう少しで音をあげるところだった。代船建造ともなるとそれに対 応するためかなり複雑で大がかりな組織が出来上がる。例えばこれで全体会議をやると、当然のことながら船としては 最も重要なエンジンの問題や船体構造についての論議が延々と行われる。自分に分からない話をじっと聞いているとい うのは疲れるものだということを身にしみて理解した。組織としての対応が必要な以上この種の会議の合理化には限界 があろう。誰かがガマンすることになる。
 「船が出来る前に書類の山が出来る」と言った人がある。これは正しかった。造船所が決まり具体的な設計作業が始 まると膨大な量の設計図、仕様書がまわって来る。「研究作業部会」というおかしな名前の部会が出来ており、責任者 は私ということになっていた。この頃になるとようやく流れも見えて来て、少ない人数の実働部隊で、しかも徹底的に 仕事を分担して無駄を省いた。このため仕事は能率よく進んだが、困ったことに全体の進行状況について研究者側はう といという事態が生じてしまった。組織というのは難しいものだと思う。もう一つ意外だったのは、調査・観測機器の メーカーとの関係であった。入札が終わり、造船所が決まるとメーカーは一斉に造船所の方を向いてしまう。それまで 実に熱心に要目、仕様についての打ち合わせを我々と繰りかえしていたメーカーの担当者がパタリと来なくなる。実際 に建造が行われている間、それらの話がどう進んでいるのかいないのか、逐次確認しておくべきだったが、他事にまぎ れ、こちらもつい忘れてしまう。ここで無理に割って入るだけのしつこさが必要だったと反省している。今回について は信頼のおける造船所で、連絡の不十分だった部分についても確かな工事が行われ、重大なミスは生じなかったが常に こうあるとは限るまい。
 遠い将来の話ではなく、新船となったために従来とは異なった対応が、船側はもとより研究側にも要求されると思う 。例えばトロールを含めて調査・観測機器の保守、管理を誰が行うか。これまでは主として甲板部士官の献身的な努力 に依存することが多かったが、これだけ多様化、高度化して来ると別の態勢を考えなくてはなるまい。観測が機械化さ れたことによって直接人力というより筋力を要する仕事は減ったが、機械を操作する人手は増える。観測の人員配置は これまで通りで良いか。考えるべき問題は他にも多々あるように思う。
 これからこの調査船をどう使って行くか、長期的な見通しと慎重な配慮が必要となろう。立派な船が出来た。最新の 観測機器も揃っている。質の良い仕事をしていただきたいと思う。
 最後に、研究側の各種のわがままをしんぼう強く聞いて下さった漁船課・研究課の担当官、蒼鷹丸乗組員諸氏、建造 にたずさわった多くの方々に心からお礼申し上げたい。

(生物生態部長)



NRIFS Home Page
水研ニュース10目次
この記事

khamada@nrifs.affrc.go.jp