カナダでの共同研究を終えて

石田典子


 今から1年半ほど前、英文で書かれたFaxがある日突然送られてきて、それから数ヶ月後 にはカナダ東海岸のハリファクスにいました。日本側の制度上はオールギャランテイ研究員 として、向こうでは客員研究者として、National Research Council Canada(以下NRCと略 します。)のInstitute for Marine Biosciences で共同研究を行う機会に恵まれました。 NRCでは、分析化学部に所属しました。テーマは“魚介類における脂溶性の医薬品及び貝毒 の微量分析方法に関する研究”で、医薬品としては麻酔薬のトリカインおよびベンゾカイン を、貝毒はオカダ酸を研究対象としました。トリカイン等の研究結果は既に40th Canadian Spectroscopy ConferenceとAOAC International meeting (いずれも2ndですが) において 発表を終え、オカダ酸については来年度の7th International Conference on toxic marine phytoplanktonに向けて発表する予定ですので、ここでは研究所の紹介を簡単に書か させていただきます。

(写真1:ハリファクスの漁村) (写真2:NRC) (図1:NRC組織図)

(1)NRC:われわれの水産研究所は水産庁の研究所ですが、 NRCは図1に示すように組 織され、省庁に所属しない、一風変わった機関です。カナダにも行政政府の研究所はあ りますが、NRCはそれらとは異なります。しかし、NRCは各省庁の研究プロジェクトにも 参加して研究費を稼いでいます。NRCはジャーナルの編集業務も行なっていて、皆さん 御存知のCanadian Journal of Fisheries and Aquatic Scienceとか、Canadian Journal of Chemistryなどが出版されています。研究者を養成するための貢献事業の一つとして Summer Student制度があります。Summer Studentとは簡単にいえば夏休みのバイト学生 のことです。彼らの仕事は雑用ではなく、研究業務です。費用はオタワのNRC本部から の特別割り当てです。大学の夏期休暇は日本と比べて長く、3ヶ月以上ありますから、 学生はその間にアルバイトをして翌年の授業料を自分で稼ぐようです。大学院に進みた い学生(倍率が高いので、非常に成績優秀でないと進めません)は研究機関でのアルバ イトを望みます。カナダの経済が悪いことも加えて、NRCへの志望者の倍率は高く、全国 から成績優秀なSummer Student が集まります。一方、新卒のポスドクのためにはTemporary staffとNSERC Visiting Fellow の2つのプログラムがあります。また、大学院生も何人 かNRCで仕事をしています。大学とのジョイントプロジェクトによるそうですが、彼らが 奨学金を持たない時は、給料を支払うために金策に走るようです。指導教官は大学とNRC の両方が建前ですが、実質はNRCの研究者が指導するようです。
(2)給料:研究職の給料は各人の達成した仕事量によって支払われます。評価は部長 と所長によってされます。ですから俸給表はありません。研究職のポジションはその人 に与えられたものであり、仕事内容主導のものではありません。従って、部の下に研究 室名はありません。評価の基準を以下に示します。

a)Quality of research/problem solving(研究及び問題解決の質)
b)Level and extent of scientific or tecncal knowledge(科学的あるいは技術的知的水準)
c)Planning ability(企画力)
d)Leadership(リーダーシップ)
e)Technology transfer and industrial liason(産業への貢献度)
f)Peer recognition(協調性)
g)Administration(管理能力)

 NRCの研究者は他の政府機関とは異なって、大学教授に近い扱いであるそうです。テク ニシャンに対しては、また別の給料システムがあります。
 (3)勤務時間:研究者の出勤時間のノルマは1年を通して1950時間です。超過勤務 手当はありません。ですが、1週間に50-60時間は働くそうです。ただし、夜などは研究 所でそれほど人をみかけないので、多分自宅で働いているのでしょう。1週間にきっち り37.5時間しか働かない人はたいした成果をあげられないし、たぶんすぐに首になるだ ろうと言ってました。自宅勤務も許されており、会議などがないかぎりは自宅で1週間 働くことも可能だそうです。テクニシャンは週に37.5時間働き、超過勤務手当はありま す。超過勤務は前もって報告する必要があります。
 (4)標品計画(Standard Program):当研究所の目玉といえばStandard Programが 第一にあげられるかもしれません。環境汚染物質のPAHや貝毒の標準物質等を販売し、収 入も得ています。製品には定量用標品(Calibra-tion Standard)と基準品(Reference Material) の2つがあります。なぜCalibration Standard が必要なのか? たぶん皆さんは「その くらいのものは、自分で作れる」とお思いになられるかもしれません。しかし、低濃度 の溶液を正確に調製するのは案外難しいものです。特に高価な試薬の場合は。Calibrationが 正確でなかったら、分析値はただの数字の羅列、ゴミとなってしまいます。 Reference Materialとは、貝毒の場合はイガイの中腸腺と一定量の貝毒物質のホモジネ ートです。Reference Material の必要性は、1)研究室、研究所あるいは分析会社の間 のテクニックを確認するための試料とする、2)新しい分析方法を確認するための標準 試料となる、3)ルーチンワーク分析において、時々分析テクニックを確認するための 試料となる、の3つが挙げられます。
 Certified Standardの販売はアメリカのSRAMも知られていますが、カナダだけが貝毒 を販売しています。近年、貝毒問題が世界的に大きくなったことも手伝って、ロシア、 アジアを始め、世界中に顧客がいるそうです。このプログラムのために一人専任の研究 者を雇って、販売から品質管理に関するすべてを任せています。
 価格については材料費の足は出てないが、研究開発費の元は取れてないそうです。収 入は新製品の開発費に使うようです。このように国の研究所が製品を売り、収入を得る ということは私をびっくりさせました。

(写真3:製品と研究者) (写真4:仲間達と液体クロマトグラフィーマススペクトロメトリー(LC-MS)の前で)

以上簡単ではありますが、カルチャーショックを受けたNRCの紹介とさせていただきます 。おわりに、共同研究の機会を与えてくださいました、水産庁研究課および中央水産研 究所の関係各位、ならびに留守中お世話をおかけしました利用化学部の皆様に厚くお礼 申し上げます。

(利用化学部 脂質化学研究室)


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