中央水研ニュースNo.9(平成6年7月発行)掲載


1993年春の黒潮蛇行と松本さんの予測手法
奥田 邦明

1.はじめに
 昨年の春、黒潮蛇行がマスコミに再三にわたってとり あげられ、大きな話題になりました。気象庁が4月上旬、 突然“黒潮が2年ぶりに大蛇行する”との予測を発表し、 新聞紙上に大きく掲載されたことがことの始りでした。 その後の経過は黒潮の蛇行がどうなるのかよりもむし ろ、“大蛇行になる”という気象庁と、“大蛇行にはなら ない”とする水産庁との間の見解の対立に関心が集った ようでした。そのこともあってか、この種の“事件”で は異例ともいえる1ヵ月以上の長きにわたって、黒潮蛇 行が様々に新聞、雑誌、テレビにとりあげられることに なりました。
 御存知の通り、当の黒潮蛇行は、水産庁の見解通りに その年の8月には完全に消滅し、水産庁は大いに面目を 施すことができました。現場で海況予測を担当している 私達にとって、この事件は、一見して余りスマートに見 えない水産の予測手法が、他のものに比べて決して遜色 のないものであることを確認でき、また、そのことを漁 業関係者に強くアピールできたことに大きな意義があっ たと思っています。
 黒潮流路の予測は30年間の漁海況予報事業を通して の最大の関心事のひとつで、現在用いられている予測手 法は、水研・都県水産関係機関の研究者の、30年以上に わたる黒潮の調査・研究を通して見出されてきたもので す。そして、この黒潮流路の予測手法の開発に特に大き な貢献をされた方が元中央水研海洋生産部主任研究官の 松本孝治さんです。松本さんは昨年4月、蛇行騒動が始 る直前、永く勤められた中央水研を定年退職されまし た。松本さんは中央水研在職中に黒潮に関する多くの著 作を発表されております。しかし、黒潮流路の予測に関 して大変独創的なアイデアをもっておられたにもかかわ らず、予測に直接関係する著作は残念ながら多くありま せん。
 ここでは昨年春の事件のなかで、松本さんの予測手法 がどのような役割を果したのかを具体的事例に基づいて 書留め、昨年春の蛇行の特徴と松本さんの予測手法の一 端を紹介します。

2.黒潮の蛇行
黒潮の大蛇行
 昨年春の事例にはいる前に、まず黒潮の蛇行について 基本的な事柄を整理しておきます。黒潮に限らず、一般 に海流はある程度くねくねと曲がりくねった経路を辿っ て流れるのが普通で、このような流れ方を蛇行といって います。従って、蛇行それ自体は黒潮だけの現象ではな く、対馬暖流や大西洋を流れる湾流にも共通するごく一 般的な現象です。
 しかし、黒潮には他の海流には見られない、極めて特 徴的な蛇行した流路をとることがあります。図1に日本 付近を流れる黒潮一黒潮続流の流路と大西洋を流れるフ ロリダ海流一湾流の流路を示してあります。小規模な蛇 行は黒潮にも湾流にも共通していますが、北米西岸を流 れるフロリダ海流がほぼ陸棚斜面に沿って流れているの に対し、日本南岸を流れる黒潮は、ほぼ岸に沿って流れ る直進流路だけでなく、遠州灘沖で大きく南に迂回する 流路をとることがあります。この南に大きく迂回する現 象が“黒潮の大蛇行”と呼ばれているもので、黒潮独特 の現象です。
 黒潮の大蛇行は古くは黒潮異変と呼ばれ、異常な現象 であると考えられていましたが、現在では、発生の仕組 みの大体の輪郭は明らかにされており、日本の陸岸地形 や伊豆海嶺による海底地形のもとで起こるひとつの安定 的な流路であると考えられています。実際過去の記録か ら、大蛇行はいったん起こると平均して5年程度持続 し、黒潮は30~40%の期間この流路で流れていたこと が分かっています。また、大蛇行流路をとるのか、岸に ほぼ沿った直進流路をとるのかは、黒潮の流れの強さ、 そして流れの強さの変化の様子にも関係していることな どが明らかにされています。
黒潮流路の型
 黒潮は大蛇行流路とほぼ岸に沿った直進型の流路の 他、両者の中間的な流路をとることがあります。現業分 野では、実用的な側面から黒潮流路の型を図2に示すよ うに分類しています。
 A型及びN型はそれぞれ上で説明した“大蛇行流路” と“直進流路”です。AとNが使われたのは、このよう な分類が始った30年程前には大蛇行流路をAbnormal、 直進流路をNormalと誤って考えられていたため でしょう。必ずしも厳密ではありませんが、中央水研で はA型は蛇行の南端が32°N以南に達し、かつそれが遠 州灘沖に安定して持続する場合、N型は137°E及び 138°Eにおいて、流軸が33°N以北にある場合と定義し ています。B、C、D型はいずれも短期的に現れるうつろ いやすい型で、それらの持続期間はB、C型はせいぜい 3~4ヵ月、D型は1ヵ月です。中央水研では、B型は蛇 行の北上部が八丈島の西にあり、かつ蛇行の南端が137°E と138°Eのどちらか、或いは両者で33°N以南にある 場合、C型は蛇行の北上部が八丈島の東にあり、かつ蛇 行の南端が137°Eと138°Eのどちらか、或いは両者で 33°N以南にある場合と定義しています。D型は、C型の 蛇行が東の海域にぬけ消滅して行く過程に現れるごく短 期的に現れる型であることから、中央水研ではD型は 使っていません。
 このような分類は決して理論的に根拠があるものでは ありませんが、A~Dの型を指定すれば、潮岬沖から房 総沖に至る海域の黒潮流路及び水温分布の特徴が判断で き、漁場形成の特徴も推定できることから、この分類は 特に水産関係では定着しているようです。
黒潮蛇行の発生過程
 黒潮の蛇行、特に黒潮の大蛇行の発生過程について は、既に30年以上も前に基本的な特徴が明らかにされ ています。黒潮の大蛇行の種は九州南の海域にありま す。
 黒潮は台湾東方で太平洋から東シナ海に入り、ほぼ陸 棚斜面に沿って南西諸島の西を北東に流れますが、九州 のすぐ南まで来ると、トカラ海峡を通って再び太平洋に 出ます。種子島の南で陸棚斜面に沿って、南南東から北 東に向きを変えますが、時々この海域で黒潮が大きく東 に張り出し、反時計周りの蛇行を形成する事がありま す。通常、この蛇行は都井岬沖の小蛇行とよばれていま す(海況関係ではなぜか岬の名前を使って海洋現象を表 現する事が多い)。
 黒潮の大蛇行はこの都井岬沖の小蛇行が東に伝播し、 遠州灘沖で蛇行規模を大きく拡大して起るのです。都井 岬沖の小蛇行は年に1~2回程度発生し、3ヵ月から6ヵ 月程度かかって遠州灘沖にまで伝播してきます。もちろ ん、大蛇行に発展するのはそれらのごく一部です。
 図3に都井岬沖の小蛇行の伝播・発達の例を示してあ りますが、これは大蛇行にまで発展しなかった例です。 このを引用した大きな理由は、手元にすぐに引用でき る大蛇行に発展した例が見つからなかったためですが、 他にもうひとつ理由があります。それは後の「蛇行の予 測」の後半で分かります。1969年4月12日に潮岬を越 えた小蛇行はB型蛇行を引き起こし、5月下旬にかけて 蛇行規模を拡大しましたが、7月中旬には蛇行の北上部 は八丈島の東に移り、C型となりました。この蛇行は、 もし4~5月の間に蛇行規模がもう少し拡大し、かつ遠 州灘沖で東への移動がとまり、そこで1年以上にわたっ て定在すれば、後年大蛇行流路つまりA型蛇行を引き 起こした例として引用される事になったでしょう。
 図3から明らかなように、都井岬沖の小蛇行はB型、 C型の蛇行の原因にもなっています。松本さんによる と、“B、C型の蛇行の原因のすべてが都井岬沖小蛇行の 伝播にあるのかは不明だが、データが揃っていて、B、C 型蛇行を時間を遡って追跡できた場合は必ず都井岬沖の 小蛇行に辿りついた”とのことでした。

3.1993年春の黒潮蛇行
蛇行の経過
 昨年春の黒潮蛇行は、マスコミの報道により、社会的 に大変注目されましたが、純粋に自然現象としても、急 速に蛇行規模を拡大し、一時的に大蛇行に匹敵する大き な蛇行になったという点で、過去30年に1~2例しか類 似した現象が起っていない、記録に留めておくべき“異 例な”現象であったようです。
 図4に騒動となった昨年春の期間を含む、1992年11月 ~1993年8月の10ヵ月間の黒潮流路の変化の様子を 示してあります。上で述べたように、黒潮蛇行の種は九 州南の海域にあります。図4を1992年の11月から作っ たのは、11月前半に蛇行の種となる都井岬沖小蛇行が形 成されたためです。図4-1にこの小蛇行がはっきりと認 められますが、この小蛇行が翌年の4月の蛇行騒動を引 き起こすことになるのです。以下、この小蛇行の発生後 の経過を追ってみます。なお、中の矢印で小蛇行の位 置を示してあります。
 都井岬沖小蛇行は、11月上旬種子島東方海域で発生し た後、1月上旬頃には足摺岬南(図4-5)、2月中旬には室 戸岬南(図4-7)にまで伝播し、3月上旬に潮岬を越えま した(図4-9)。潮岬を越えた頃から南への蛇行が拡大し 始め、3月中旬には黒潮流路はそれまでのN型からB型 に移行しました(図4-9、10)。  4月上旬、B型蛇行の蛇行部が御前崎沖にまで伝播し た頃、蛇行に大きな変化が起りました(図4-10、11)。南 への蛇行が急速に拡大し、蛇行の南端はこれまで起った 黒潮の大蛇行の場合に匹敵する31°30’N付近にまで達 しました。同時に、黒潮内側域(黒潮より岸側の海域) には黒潮内側反流と呼ばれる反時計まわりの環流が形成 され、相模湾から熊野灘にかけての沿岸域に黒潮からの 暖水が侵入しました。しかし、今回の蛇行は、これまで に発生した黒潮の大蛇行の場合とははっきりと異なる特 徴を持っていました。それは、黒潮の大蛇行(A型流路) の場合、蛇行部や蛇行の岸側に形成される大冷水塊、及 びそれに付随する内側反流は遠州灘沖で東への伝播ス ピードを落とし、ほぼ定在するのに対し、今回の場合、 蛇行部は遠州灘沖でも足早に東進を続けていたという点 です。その結果、B型になって1ヵ月程度のうちに蛇行 の北上部は伊豆海嶺の東に抜け、C型流路に移行してし まいました(図4-12)。C型流路になると蛇行は早晩消 滅する事が経験的に知られていますが、実際その通り蛇 行規模は次第に縮小し、8月後半にはほぼ完全に消滅し てN型流路になりました(図4-20)。その頃には、私た ち海況関係者の関心は、完全に黒潮蛇行からその年の記 録的な冷夏による沿岸域の低水温の方に移っていまし た。
蛇行の予測
 中央水研は年3回漁海況予報会議を開催し、潮岬沖か ら房総半島沖に至る海域での黒潮流路の予報を発表して います。予報会議は7、12、3月に開催され、次の予報会 議までの約4ヵ月間に黒潮流路がどの型を取るのか、あ るいはどの型からどの型へ変化するのかが検討され、予 報されるのです。
 1993年春の蛇行に関する予報は、1992年12月中旬及 び1993年3月下旬に開催された予報会議で発表されま した。また、4月中旬には蛇行の見通しに関する見解を とりまとめ、水産関係機関に周知しました。いま振返っ てみると、蛇行の推移に関して、ほぼ適切な見通しがた てられたように思います。そして、それらの見通しを立 てる上で大きな役割を果したのが松本さんの予測手法な のです。
 蛇行に関する最初の予報を出したのは1992年12月中 旬ですが、その時はまだ都井岬沖に小蛇行が発生した直 後でした(図4-3)。しかし、その時点で既に、“この小蛇 行が大蛇行に発展することはないだろう”とコメントし ています。こんな早い時期に、何故このような見通しを たてることが出来たかといえば、その根拠は、松本さん が発見した“2-8月に発生した小蛇行だけが黒潮の大蛇 行に発展している”、という経験的事実にありました。 1961年以降4回大蛇行が発生していますが、いずれも2 月から8月の期間に都井岬沖で発生した小蛇行が原因と なっています。問題の小蛇行が発生したのは11月です ので、これまでの経験からすれば、それが大蛇行に発展 することはないということになります。この事実は大変 意味深長ですが、残念ながら今のところ理論的に説明す ることはできません。これは中央水研の黒潮流路予測の “秘伝”のひとつです。
 次に予報をだしたのは、小蛇行が潮岬を越え、遠州灘 沖でB型蛇行になった直後の1993年3月下旬(図4-10)です。 その年の7月までの予報として、“B、C型で 経過し、N型になる”という予報を足だしました。
 この時点では、蛇行の見通しに関して、上で述べた小 蛇行の発生時期による根拠に加え、別のもうひとつの有 力な根拠を持っていました。松本さんは、1963-1984年 の期間に発生した21の小蛇行に、1986年と1989年に大 蛇行に発展した2つの小蛇行を加えた合計23の小蛇行 の東への伝播スピードを調べ、室戸岬から遠州灘におけ るスピードは、大蛇行に発展した小蛇行の場合は3.3海 里/日であるのに対し、B型にまでしか発展しなかった 場合は、5.8海里/日であるとの結果を得ていました。
 問題の小蛇行の四国沖から遠州灘付近に至るスピード を図4から見積もると、約6海里/日となり、松本さんの 得た、B型に留まった場合の値にほぼ一致しました。こ の結果が、上で述べた予測のもうひとつの根拠になりま した。
 4月になって予報会議の後片付けも終り、黒潮のこと をすっかり忘れていると突然、4月7日に気象庁の黒潮 の大蛇行の予報に関する報道がありました。寝耳に水 で、あわてて海況資料を調べてみますと、4月になって、 ほんの1週間程度の間に、蛇行が急に拡大していること が分かりました。蛇行の南端は大蛇行時にほぼ匹敵する 32°N付近にまで下がっていました。このような急激な 蛇行の拡大は予想外のことで、黒潮蛇行の今後の見通し を再検討しなければならなくなりました。
 私は、過去に今回の蛇行に類似した現象が起ったこと があるのだろうか、また4月になって蛇行規模が急に拡 大した原因は一体何だろうか、と過去の海況資料や今回 の蛇行の経過をもう一度丹念に見直しました。しかし、 この作業から得たものは何もなく、徒労に終わりまし た。窮した私は、退職されたばかりの松本さんの自宅に 電話し、御意見を伺うことにしました。私の蛇行の経過 の説明が終わるか終わらないうちに、“1965年、あるいは 1969年の場合に似ていますね。まあ、いずれにしても2 ~3ヵ月、長くて4~5ヵ月で蛇行はなくなりますよ。” と、いとも簡単に、結論が返ってきました。松本さんは、 自分の脳裏に、過去30年以上にわたる黒潮の流路変動 のプロセスのすべてを記録しており、ちょっとした蛇行 の変化の特徴からも、過去の類似現象を割り出し、蛇行 のその後の推移のシナリオを見通すことができるようで した。
 松本さんがあげられた1965年と1969年の蛇行は、い ずれも遠州灘沖で急激に蛇行規模を拡大し、蛇行の南端 が32°N付近にまで達したものの、大蛇行にはいたらず 数ヵ月で縮小したケースでした。なお、1969年の例を図3 に示してあります。1993年春の蛇行の4月上旬までの 経過を、両ケースの対応する局面と比較すると、非常に 似ており、松本さんのコメントにあったとおり、恐らく 今回の蛇行もそれらと同じく、4~5ヵ月の後には消滅と いう経過をたどるだろうと想像できました。
 以上のように、1993年春の蛇行は、小蛇行の発生時 期、蛇行の東への伝播スピードのいずれも、過去の大蛇 行の場合と異なっており、また蛇行が急激に拡大したも のの短期間に消滅した過去の2つの事例ともきわめて類 似していることが確認できました。水産庁は蛇行規模が 大蛇行に匹敵するまで拡大した時点でも、“今回の蛇行 は大蛇行にはならず、夏頃には消滅する”という見通し を堅持しましたが、それはこのような根拠に基づいてい たのです。
 なお、ここで述べた過去の類似現象との比較からその 後の推移を予測する方法は、黒潮流路の予測において大 変有効であることが確認されており、中央水研における 最も基本的な黒潮流路の予測手法となっています。この 方法も松本さんが開発されたもので、過去30年間の類 似現象の割り出しから、数ヵ月先までの変化の推定まで をパソコンで自動的に行うシステムが出来上がっていま す。この松本さんが開発した類似法による黒潮蛇行の予 測手法は、永年黒潮蛇行を追い続けてきた松本さんの努 力の集大成であり、現在のところ、数ヵ月程度の蛇行の 推移を最も正確に予測出来る方法であると思っていま す。

4.終りに
 大蛇行に関して気象庁と水産関係機関とが異なる判断 をしたことは、過去にも何度かあったようです。実際、 気象庁が大蛇行(A型)と分類しているのに、中央水研 はB型としている例が過去30年間に2例あり、両者共 大蛇行としている場合が、大蛇行の発生時期や消滅時期 の認定が食い違っている例もいくつかあります。
 今日(6月22日)気象庁から“平成6年夏季の北西太 平洋の海面水温予報”が送られてきましたが、参考資料 として過去40年間に発生した黒潮の大蛇行のリストが 添付されていました。このリストは、今年の4月都井岬 沖で発生した小蛇行が6月中旬現在室戸岬南にまで伝播 してきており今後の動向が注目されることから、その説 明のため添付されたものですが、それには昨年春の蛇行 は載っていませんでした。現在では気象庁も昨年春の蛇 行が大蛇行であったとは考えていないようです。

(海洋生産部変動機構研究室長)

nrifs-info@ml.affrc.go.jp
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