中央水研ニュースNo.9(平成6年7月発行)掲載

【研究室紹介】
水質化学研究室(環境保全部)


 化学物質の有害性の審査体制が確立されるとともに環 境基準が定められ、有害化学物質の海水中濃度は次第に 低下してきた。しかし、過去に排出された有害化学物質 の多くは、現在でも底泥に堆積して存在し、海域環境へ の影響が懸念されている。このため、水質化学研究室で は、漁場環境の保全に資するために、環境化学物質や重 金属等の有害化学物質の海域における挙動や水生生物へ の蓄積に関する研究を推進している。同時に、イカ肝臓 に蓄積した化学物質を指標にする海洋汚染監視手法 (Squid watch)や、小型海産魚類を用いた生物濃縮試験 法等の手法開発に関する基礎的研究も行っている。
 有害化学物質の挙動の研究は、海域に流入した有害化 学物質の環境化学的運命を明らかにすることが目的であ るが、半導体産業で使用され、水質汚濁が危倶されてい るアンチモンと船底塗料の殺生物剤である有機スズ化合 物(TBTO)について研究している。油壺湾における TBTOの研究では、プレジャーボートから溶出した TBTOが懸濁物へ吸着し、さらに底泥に堆積することを 確認した。TBTO含有塗料の使用中止に伴って海水中濃 度が低下したが、底泥中濃度は依然として高く、今後、 底泥のTBTOが魚介類の汚染源になるかどうか堆積後 の挙動をさらに研究する予定である。
 有害化学物質が生物によって濃縮される現象、いわゆ る生物濃縮機構の解明は、海水中の許容濃度の推定等 に必要・不可欠な研究課題である。TBTOの生物濃縮の 研究では、魚種による濃縮・排泄の相違、濃縮部位、経□ 濃縮の寄与率や有機スズ化合物の化学形と濃縮・排泄 の関係等を明らかにした。これらの結果は環境庁におい て検討された有機スズ化合物による海洋汚染の保全目標 の策定の際に基礎的データーとして用いられた。さら に、新たな汚染物質であるアンチモンやセレンについて 海産魚類による生物濃縮を検討している。生物濃縮の試 験法は、OECDやわが国のJIS及び「化審法」で淡水魚 を用いる方法が公定法として定められている。しかし、 有害化学物質の海産魚による生物濃縮を検討するために は、海産魚を用いた試験法を確立することが必要であっ た。TBTOや有機塩素化合物等多くの有害化学物質の生 物濃縮の魚種、試験魚の大きさや水温等の試験条件によ る相違を比較検討した。マダイやシロギスの小型海産魚 を用いる生物濃縮試験法をほぼ完成し、公定法として提 案しようと考えている。
 生物に蓄積した有害化学物質による海洋汚染の監視 は、二枚貝(Mussel Watch)を用いて古くから行われて きた。しかし、二枚貝を用いた海洋汚染監視は、二枚貝の 生息域が沿岸域であるので、沿岸域に限定せざるを得な い。今日、地球規模の海洋汚染に対処するためには、沿 岸域から沖合・外洋域まで全地球的に広く生息する生物 を用いた監視手法の確立が求められている。そこで、汚 染物質としてPCBs、有機スズ化合物、重金属(Cdや Cu)や大気によって拡散する元素(パラジウム)を選定 し、種類や大きさ等のイカの生物的特性と肝臓中濃度と の関係、また、生息水域、生息水深や餌料生物等の生態 的特性と肝臓中濃度との関係を解析することによって汚 染監視手法を確立しようとしている。(参照)
 底泥中の有害化学物質は、底泥に係る食物連鎖により 高次栄養段階の水産生物に蓄積されると考えられる。 従って、底泥中の有害化学物質の挙動と管理基準の決定 手法の確立は、海洋環境保全を進める上で重要な課題と なっている。また、汚染された水域の浄化技術の開発も 今後必要な研究であろう。この他にも研究しなければな らない、興味ある課題は沢山ある。その一つ一つを地道 に解明して行きたい。

nrifs-info@ml.affrc.go.jp
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