中央水研ニュースNo.9(平成6年7月発行)掲載 |
【研究室紹介】 高分子化学研究室(利用化学部)
水産生物は生物学的に多岐にわたり、生化学的に見て も極めて多様な特性を持っているとされている。それら の水産生物中に含まれる生体成分やその代謝産物には、 食品、医薬、工業等の素材として有用なものが少なくな い。そのため、それらの物質にかかわる体系的な探索や 新たな機能の解明等が期待されている。 高分子化学研究室ではそれら有用成分の内でタンパク 質等の高分子化合物にかかわる研究をすすめるととも に、水産生物中に特異な生物活性物質の生物工学的生産 に関する研究を行っている。 さて、水産生物より得られる有用な高分子化合物の一 つとして、現在すすめているホヤ由来のトリプシンイン ヒビターに関する研究について紹介する。ホヤは原索動 物の一種で、生物進化の過程では魚類への橋渡し的な分 類群に位置する特徴的な生物である。トリプシンインヒ ビターはタンパク質分解酵素であるトリプシン様プロテ アーゼの働きを阻害する物質で、その働きによって酵素 活性を調節することにより生体の維持のために機能して いる。ホヤ体液中にもこのようなトリプシンインヒビ ターが存在している。現在、大阪大学蛋白質研究所との 共同研究により核磁気共鳴法(NMR)を用いてこの物質 の立体構造の解析をすすめている。その結果、ホヤ由来 トリプシンインヒビターは特徴的な化学構造を持つこと が明らかになってきた。ホヤ体液より得られるトリプシ ンインヒビターは分子量約6,000のポリペプチドでアミ ノ酸残基数は55である。タンパク質の立体構造を決定 する因子としてジスルフィド結合(タンパク質を構成す るシステイン残基同土の結合)が重要な役割を持ってい るが、ホヤ由来のトリプシンインヒビターでは他の生物 より得られたものとは異なり、ジスルフィド結合を多く 有していることが明かとなった。これがこの物質の構造 の安定性に寄与しているものと考えられるが、今後この 様な仮説を実証するため、このインヒビターの構造中の ジスルフィド結合を掛けかえたりあるいはアミノ酸残基 の他のアミノ酸による置き換えを行い、立体構造と機能 との相関を明らかにしようとしている。このようにタン パク質の構造とその働きとの関係を明らかにすること は、物質の化学構造を改変して、より生物活性の強い物 質を得たり、あるいは有用な機能を持つ新素材の開発を 行うための基礎的研究として極めて重要である。 一方、生物活性物質の生物工学的量産技術の開発を目 指した研究としては現在、棘皮動物由来の生物活性物質 の探索を行っている。棘皮動物の体中には、他の高等動 物などには存在しないような特殊な成分が含まれている ことが知られている。ヒトデ類等の棘皮動物のなかには 産業上全く利用されていない生物も少なくない。そこで ほ乳類の生物活性の一つである血小板凝集能(血液の固 まりやすさ)を指標として、これらの棘皮動物を材料と して新規有用物質を体系的にスクリーニングしようとし ている。この研究は緒についたばかりであるが、血小板 凝集能を有する物質は他の生物活性も合わせ持つものが 多いことから、未知の生物活性を広く探索することがで きる。今後の成果が期待される。 中央水研が横浜へ移転してまもなく1年となる。勝ち どきと比較すると格段に充実した施設が本格的に稼働し 始めた。高分子化学研究室もこれらの資産を十分に活用 しつつさらに研究を発展させたいと考えている。 参考:水産生物と生活との関わり nrifs-info@ml.affrc.go.jp |