はじめに
平成5年4月2日に旧ソ連・ロシアによる極東
海域における放射性廃棄物の海洋投棄に関する白
書の発表、4月6日にはシベリアの「トムスク7」
の放射性化学工場に於けるウラン廃液の貯蔵容器
の爆発、更に10月17日には日本海への液体放射性廃
棄物の海洋投棄と日本周辺海域の漁場と海産生物へ
の影響が懸念される問題が次々と起った。この間の
水産研究所の対応について経過を説明してみたい。
旧ソ連・ロシアによる放射性廃棄物の海洋投棄
平成5年4月2日にロシア政府の原子炉等の海
洋投棄に関する調査委員会の調査結果が「白書」
として公表され旧ソ連・ロシアによる極東海域へ
の放射性廃棄物の海洋投棄が明るみに出た。これ
に対して政府は放射能対策本部幹事会を開催し、
科学技術庁に「海洋環境放射能データ評価検討会」
を設置し、ロシア政府から発表された白書の内容
の検討、放射性廃棄物の投棄に関する安全評価、
海洋環境放射能データの収集、分析、評価を開始
した。この検討会には中央水産研究所海洋生産部
の吉田勝彦室長が委員として参加することになっ
た。また日本海の海洋環境放射能調査を早急に実
施することも放射能対策本部幹事会で決定され、
水産庁、海上保安庁、気象庁、放射線医学総合研
究所が海水、海底土、魚介藻類を採取し放射性核
種の分析を行なうことになった。水産庁では従来
から中央水研が北海道区水産研究所、西海区水産
研究所、日本海区水産研究所の協力を得ながら「近
海海産生物放射能調査」(科学技術庁・放射能調
査研究費)を実施してきた。平成5年度の調査計
画もすでに決定しており日水研では7月に「みず
ほ丸」で試料の採取を行なう予定になっていた。
しかし、海産生物と漁場の安全性を一刻も早く確
認しなければならず、急きょ日水研の調査船計画
を変更し、4月18~27日に海底土8試料を採取し、
日本海産の魚介類と併せて、中央水研で直ちに核
種分析を行った。調査結果の一部は6月28日の
データ評価委員会、6月29日の放射能対策本部幹
事会の検討を経て「日本海周辺海域の環境放射能
レベルに特段の異常は認められない」との中間取
りまとめが発表された。
一方、ロシアヘの働きかけについては外交ルー
トを通じての即時停止の申し入れ、4月15日の日
口外相会議等を経て、情報の交換と対策の検討の
ため日口合同作業部会を設置することとなり、5
月11~12日にモスクワで第1回の部会が開催され
た(水産庁からは漁場保全課長が出席)。この部
会において日口共同海洋調査を実施することが原
則的に合意された。これをうけて日本側は5月27
日に放射能対策本部幹事会の下に「日口共同海洋
調査ワーキンググループ」を設置し調査計画の策
定にとりかかった。
ロシアによる液体放射性核種の日本海への投棄
日口共同海洋調査計画の具体化作業が進行して
いる最中の10月17日にロシアによる液体放射性核
種の日本海への海洋投棄が行なわれた。核種はセ
シウム137、ストロンチウム90、セシウム134、コ
バルト60で総放射能量は0.38キュリーであった。
この事態に対応するため10月20日に放射能対策本
部幹事会が開催され(1)ロシア政府に海洋投棄
の即時停止を強く働きかける(2)11月10~11日
に予定されている第2回日口合同作業部会で日本
海における日口共同海洋調査の早期実施を図る
(3)海洋投棄の影響評価のため水産庁、海上保
安庁、気象庁が海洋環境放射能調査を早急に実施
することが決定された。水産庁は西水研の陽光丸
の調査船運航計画を急きょ変更して、11月1~13
日に大和堆と隠岐島周辺海域でトロール曳網と手
釣りによる魚介類の採集を行ない、漁獲対象とな
る水産生物の安全性を確認出来るだけのサンプル
を確保することが出来た。乗船調査は西水研の加
藤修、日水研の金丸信一、長田宏の3氏があたり、
採集された試料は直ちに凍結され、帰港後中央水
研で核種分析が行なわれた。
10月27~31日には関係省庁の専門家がモスクワ
とウラジオストックを訪問し、ロシアによる液体
放射性廃棄物の海洋投棄に関する専門家会合(モ
スクワ)と現地視察(ウラジオストック)を行なっ
た。水産庁からは中央水研海洋生産部の吉田勝彦
室長が出席した。この会合において、海洋投棄に
関する情報を収集し、日本海共同調査の早期実現
と液体廃棄物の処理・貯蔵について協議した。共
同調査についてはウラジオストック→日本→ウラ
ジオストック航路でロシアの調査船オケアン号に
よって1994年早々に行なうとの基本的合意がなさ
れた。廃棄物の処理・貯蔵については、ロシア側
から日本の支援、協力の要請はあったが処理、貯
蔵の実態や今後の具体的計画についての説明は無
かった。会議終了後ウラジオストックでオケアン
号を視察した。
11月10~11日には第2回日口合同作業部会がモ
スクワで開催され、韓国も参加して第1回の共同
海洋調査を日本海において実施することで意見
の一致をみた。11月29日~12月1日には日韓口の
専門家による初めての会合がウラジオストックで
開催された。水産庁からは中央水研海洋生産部の
鈴木穎介主任研究官が出席した。この会合におい
て共同調査は1994年半ばより開始することが必要
であること、ロシアの提示した契約書草案と科学
的計画には日本と韓国の全ての提案を考慮に入れ
るという2点については合意に達した。しかし経
費の総額とその詳細、契約の内容等合意に達しな
い部分もあった。合意に達しなかった点について
は今後外交ルートを通じて解決をはかっていくこ
とになった。しかし現在までに合意に達していな
いため1月中旬に予定されていた調査は延期され
ている。
11月17日の液体廃棄物の日本海への投棄後に実
施された緊急調査のうち、分析の終了している部
分について、12月21日に海洋環境放射能データ評
価検討会で中間検討を行ない、この検討結果を踏
まえ翌22日に放射能対策本部幹事会としては、異
常な値は検出されておらず海洋投棄による影響は
みとめられていないことを確認した。
おわりに
平成5年度は旧ソ連、ロシアによる放射性廃棄
物の海洋投棄への対応で北水研、中央水研、西水
研、日水研の放射能調査担当者、調査船の乗組員
は調査船運航計画の変更、緊急の乗船調査、核種
分析、ロシアヘの出張、平成6年度予算書の手直
し等の対応に追われた。当初平成5年秋には実施
予定だった日本海共同調査も延期されておりこの
問題に対する対応は当分の間つづくものと思われ
る。ロシアは核廃棄物貯蔵施設の建設もままなら
ず、再び液体廃棄物の海洋投棄を行なうおそれが
ある。平成6年度以降も中央水研海洋生産部は関
係水研の協力を得ながら、日本周辺海域の海産生
物と漁場の安全性確保のため調査体制の充実をは
かっていきたい。
(海洋生産部長)
nrifs-info@ml.affrc.go.jp
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