中央水研ニュースNo.7(平成5年10月発行)掲載


新風がおこるか、吹き込むか
(その後の組織改正のため、現在この部署は存在しません)
梅津 武司

 熱くとも寒くとも部屋の窓が開けられるのはよ い。横須賀・上田用の部屋に入ってみると、二階 なので窓が開けられる構造なのでほっとした。 「科学者の研究室は本質的に芸術家のアトリエと 同じものだ。ただ、人の吸う空気と汚れた空気が はっきり分けられるようになっていなければなら ない。」アメリカの建築家カーンの言という(青山、 1991)。風通しということは建物にも組織にも必 要だ。開かれた所なら、風は通る。
 相模湾東側、荒崎の海辺にある環境保全部(横 須賀庁舎)の建物では、隙間風も暴風雨も吹きこ むが、爽やかな潮風も流れる。建築後30年経たが 住めば都で、新庁舎をうらやんでいる暇もない。 この数年来、当部では全員参加のプロジェクトが 続き、今も3課題を8名で分担している。幸い、 魚の飼育施設は問もなくすべて改修される。昨年 は取水口を50m延長し、砂濾過の海水が得られる ようになった。今年は水槽を改修する。流水式で 使用した有毒物質の処理排水用の施設も一昨年で きた。これらの定常運転には業者委託以外に毎日 の点検が欠かせない。3研究室が月毎にこれに当 たっている。
 研究以前に労力をかけて、やっている中身は汚 染物質が魚にどのような影響を与えるかを、生理 学・生化学、また病理組織学的に総合的に調べる ことである。淡水魚では30年も前に試験用の標準 魚が選定されていた。人に飼われて数千年という コイである。種苗生産が盛んになった現在でも、 海産標準魚はなかった。多くの魚種の中から、飼 いやすさや化学物質に対する感受性を考え合わせ て、マダイ・クロダイ・ヒラメなどを海産標準魚 に選定した。これらをカドミウムや有機スズを含 む流水で8週間飼育し、どの部分(例えば肝臓) の何(例えば酵素活性や蓄積量)を調べれば影響 を適確に判定できるかを明らかにした。5年かけ て急性毒の試験法を完成させた。
 続いて低濃度、長期間で生じる慢性毒性の研究 に取りくんでいる。全生活史を通じて影響をみる 必要があるが、当面は卵から艀化仔魚の間の初期 生活期での影響をマミチョグ(インディアンの言 葉で蝟集するもの)で調べている。このアメリカ 原産メダカ目の広塩性魚は当地の池には数万尾い る。残念ながらこの試験はマダイではできないの で、この魚で得られた値をマダイに当てはめられ るかを検討している。
 一方、近年情勢が変化し、「公害」という言葉 は「環境」・「地球環境」に取ってかわられた。 そういったこともあり、当部は実験室だけでなく、 遠い沖合の問題にも対応することとなった。世界 の海からイカ(肝臓)を集め、それに含まれる有 機スズ(TBT、TPT)、PCB、人工放射性 核種を定量し、世界の海の汚染地図を作っている。 これは世界のイカの数割を消費している日本でこ そ可能な研究であり、イカ漁業に依存してできた ものといえる。施設の維持、実験室と野外の仕事 の配分など、頭を痛めねばならぬ問題も少なくな いが、それは平均年齢41歳の8名でのりこえられ よう。新庁舎の施設や機器まで使いに行くまでに なればしめたものだ。
 新庁舎に対する外部の期待の大きいのは当然 だ。しかしそれを即、研究に直結はできないと私 は考える。期待という高圧を個人の分析機器(専 門分野)に直結すれば装置はこわれる。変圧も直 交流変換も必要である。30年前は木造で手回し計 算機、今は高層でパソコンネットワーク。その時 代の道具をどれほど使いこなせるかが問われる。 サルの「芋洗い文化」のように、新しいやり方は 高齢者には広まりにくい。新施設活用は若手に期 待するところ大である。開かれたといっても、風 が通らなければ研究所は活きない。そのためには 今、何がもっとも必要なのだろうか。
(環境保全部長)

nrifs-info@ml.affrc.go.jp
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