中央水研ニュースNo.7(平成5年10月発行)掲載


水産生物由来の有用物質の利用開発をめざす利用化学部
(その後の組織改正のため、現在この部署は存在しません)
小長谷史郎

 日本の食生活は社会、経済の成熟化に伴って大 きく変化したが、なお、タンパク質の40%は水産 物に依存している。タンパク質、脂質、糖質のバ ランスがよい日本型食生活は諸外国からも栄養学 的に注目されているが、この中で水産物が大きく 寄与しいることは明らかである。また、水産物が 高血圧、動脈硬化など成人病の予防に優れた効果 を示すことも認められいるようになって、水産物 の食用としての需要は今後増加することはあって も減少することはないといわれている。
 一方、水産物を起源とするカイニン酸、インス リン、ビタミンA、D、ネライストキシンなどの ように医薬、農薬あるいはそれらの素材としてか つて利用された、あるいは、現在利用されている ものも多い。また、アルギン酸、魚油は古くから 工業用、食品工業用原料として大量に利用されて いる。昭和20年代に出版された名著「水産利用学」 (森高二郎、橋本芳郎著)には水産皮革、水産工 芸品、製塩なども記述されていて、当時の非食品 への利用に対する期待や意気込みをほうふつとさ せる。実際に水産物を原料としたビタミン剤は戦 前戦後の外貨獲得に大きな役割を果たした。
 近代の技術革新はエネルギー利用と材料の活用 の歴史であり、化学工業は天然物から合成品への 代替えの時代であった。今後の技術革新の中核は 電子情報、ライフサイエンス、新素材、新エネル ギーといわれる。このうちの新素材開発には、生 体の機作にヒントを得て有用物質を創出するバイ オミメティクス(生物模倣)の方向がある。すで に医薬、医療分野を中心に具体化されつつあるが、 農業、水産分野でもこの方向が期待されている。 また、各国において海洋生物やそれらが含む有用 物質が注目されるようになった。また一方では、 伝統的な生物学は分子生物学の顕著な発展と緒合 し、バイオテクノロジーを生むなど生物学をめぐ る状況が一変した。海洋生物学も科学的探求心と 社会的要請とが錯綜する領域となった。先の「水 産利用学」出版後40年が経過し、最近、「水産利 用化学」という著書が出版された。これには極め て広範な水産生物や物質、物質の化学構造や特性 の詳細が体系的にまとめられている。両著書を比 較すると、水産の生化学のめざましい進歩に驚く。 水産における利用化学は本来、水産生物資源を食 料、非食料を含め有効、合理的かつ安定的に利用 するための基礎研究の領域であるが、中央水研で は下記のように狭い意味に用いている。利用化学 部の英名をMarine Biochemistryとしていて、和 名と英名が一致していないのは、発足当時の考え 方に暖味さがあったものか、文字通り広範な対 応をする必要を認めながらも、実際の研究は生化 学が中心であるという意味があったためか定かで ない。いずれにせよ、研究の目標が漢としていた 責めは免れない。そこで、今回平成6年度から10 年問を見通して作成中の研究基本計画では、部の 守備範囲と研究目標の明確化を第一に考えた。す なわち、水産生物の成分に着目し、物質を利用す るという立場から特性や機能がどのような化学構 造に関連するかを明らかにし、それらの知見に基 づいて、利用開発を行い。さらに、より有効な構 造に改変したり、生物工学的手法等による量産技 ) 術の開発を志向している。新庁舎が完成してスペ ース的にも設備、付属実験施設などこれ以上のも のは望めないほど研究環境が整備された。しかし、 研究の質や成否は人の頭と手足によって決まるも のである。この小さな組織でどれほどのことが可 能かは分からないが、心機一転、産業に役立つ研 究をモットーに、仕事にいっそうはずみをつけた い。
(利用化学部長)

nrifs-info@ml.affrc.go.jp
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