中央水研ニュースNo.4(平成4年3月発行)掲載


新しいパラダイムを目指して
小金澤 昭光

 21世紀を8年後に控え、東西問題、南北問題を 始めとして世界は大きく動いている。政治、経済、 科学技術などあらゆる分野で時代が急速に変わり つつあることを、多くの人が実感として受けとめ ているのではないだろうか。
 我が国の水産業を取り巻く情勢も大きな変化の 中にある。漁業生産量は1,200万トン、生産金額 も2兆7千億円前後と依然高水準にあるものの、 生産量で4割を占めるマイワシは若齢群が弱勢で 資源は縮小傾向にあると予想されている。また、 野生生物種の保護との関連で、海鳥や海産哺乳動 物を混獲するイカ流し網漁業の禁止が昨年国連で 決議され、今年の京都会議ではクロマグロをワシ ントン条約の規制対象種とする提案が大きく取り 上げられた。一方で、消費者の健康指向からEPA, DHAなどの高度不飽和脂肪酸を含む食品と して水産物の持つ機能性に対する評価が高まって きており、円高傾向と食生活の多様化・高級化に 支えられて平成3年には高級魚介類を中心に水産 物の輸入金額が1兆7千億円に達し、我が国総輸 入の5%、食糧輸入の3割を占めるに至っている。
 こうした情勢の変化の中で、研究に求められて いる時代の要請を分析し、いかに対応するかを絶 えず考えねばならない。その1としては食糧一資 源の確保と環境との調和の命題がある。今まで漁 撈技術、生産技術を中心とした漁業の振興と生産 の確保が追求されてきたが、今後の水産業に対し て求められているものは、生物資源の本来機能で ある再生産と自己増殖機能を増幅させつつ生態系 の維持と生産活動を調和させる方向に進むことで ある。野生生物種の減少問題に関連しての環境保 全、混獲生物の生態と影響評価、これらに基づく 公海漁業の論理などに対応する研究の展開が強く 求められている。
 その2としては地球温暖化問題に対する対応が ある。すでに酸性雨、海洋汚染、赤潮などについ ては水産分野の研究が進められているが、今後は これらに加えて地球温暖化問題に関連した海洋に おける炭酸ガス収支、海洋生態系と生産力の変化 の予測、漁場形成の変化の予測、海洋と生物のモ ニタリング、養殖関係分野における高耐温性・耐 病性品種の作出などの技術開発に取り組むことが 求められている。
 その3としては国際化への対応があり、発展途 上国への我が国漁業・利用加工技術の技術移転の 強化と、食糧-資源あるいは環境問題についての 国際的な共同研究への参加が、先進国のみならず 発展途上国からも強く要請されてくるものと予想 される。
 水産分野における今日の問題は他産業分野にお けるものと同様に、時代の潮流の中に置かれてい るものであることは明らかである。20年前のロー マ・クラブの報告「成長の限界」、「転機に立つ人 間社会」、「国際秩序の再構成」の論議の中にグロー バリズムがあり、昨年度の科学技術白書の副題と して「科学技術活動のグローバリゼーションの進 展とわが国の課題」が冠せられている。これらを 今日的問題として自覚し、実践することが我々に 求められている。
 研究の推進に当たっては産・学・官の役割分担 について検討を加えることが必要であろう。かつ て基礎研究は大学、応用研究は産業分野でと位置 づける中で、国・公立機関の役割分担を論議した 時代があった。これからの研究の展開においては、 基礎研究から実用化へ向けての従来の単線型研究 パラダイムから、研究を取り巻く周辺の情報を取 り入れた複線型の相構造をもった新しいパラダイ ムが求められている。そのためには、我々もより 、 よい研究環境-文化をもち、水産研究所における 研究の位置づけを、柔軟かつ競争的雰囲気の中で の産・学・官の関係にシフトすることが必要であ ると思っている。
 現在中央水産研究所は平成5年3月完成を目指 して横浜市金沢区に庁舎の新築・移転が進められ ているところであるが、移転にあたり月島での60 年の歴史・伝統をもとに形成された研究環境、雰 囲気をどう受止め発展させていくか。今までの研 究成果をしっかりと見すえ、よって立つ科学的基 盤を突きつめ、21世紀に向けての研究の存立基盤 を明らかにし、強化していくことが大切になると 思う。
(所長)

nrifs-info@ml.affrc.go.jp
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