中央水研ニュースNo.4(平成4年3月発行)掲載


開洋丸第一次航海乗船記
下田 徹

 はじめに
 平成3年度開洋丸第一次調査航海に乗船した。 開洋丸は水産庁が代表する調査船で、今航海が新 造して初の遠洋航海であり、乗船できることは非 常に光栄でまた感謝したい。 この航海の大テーマは“海洋大循環およびアカ イカ資源調査"であり、(1)衛星リモートセンシン グによる広域クロロフィル濃度マッピングのため の海洋光学調査、(2)熱帯海域における基礎生産力 実態把握、(3)熱帯海域の海洋物理過程の把握、(4) トロールおよび自動イカ釣り機によるアカイカ漁 獲試験、(5)これらを目的とする国際的、学際的協 調が目的として挙げられた。

 調査について
 調査海域は、赤道を中心とする太平洋熱帯海域 (図1)であり、東京からサンディエゴまでの前 半70日とサンディエゴから東京までの後半70日に 分けられる。私の乗船した前半は、赤道を横切る 経線上を南下および北上しながら観測する調査で ある。また後半は赤道上を西進する調査であった。 前半の調査員は、私と私の大学の研究室の大先 輩である遠洋水研の松村皐月氏(主席調査員)だ けであり、せっかくの処女航海なのに“もったい ない”“さみしい”という声がきかれたが、北海 道大学、名古屋大学、東海大学から大学院生が各 1名、フランスORSTOM(地質、海洋など多分 野にわたるフランスの研究所)の研究員である Cecile Dupouy女史、ハワイ大の大学院生であ るJohn Porter氏の参加があり、また開洋丸には 調査を専門に携わる5名の航海士の方々がおり、 調査体制は満足し得るものであった。調査項目は、 航走調査、定点調査、およびアカイカの漁獲試験 に分けられる。
 航走調査とは、船を走らせながら調査、データ を採取するものであり、1)プランクトン計量シス テム(EPCS)による水温・塩分・クロロフイル・ 動物プランクトン連続測定、2)超音波多層式流速 計(ADCP)による海流調査、3)スライド式曵航 体(Crusi㎎CTD)による断面調査、4)ノア 衛星画像受信(HRPT,APT)、5)投棄式流速計 (XCP)による流速測定、6)投棄式水温計(XB T)による水温測定、7)波浪観測、8)天空照度観 測を行った。ほかにJohnPorter氏が空中のエア ロゾルの連続調査を行った。
 定点調査とは、緯度経度により位置をあらかじ め決めて観測を行うもの(GPSという測位システ ムにより広大な大洋上で誤差数十メートルで位置 を決定できる)であり、1)基礎生産力調査、2)水 中分光照度計(MER)による観測、3)CTDオク トパスシステムによる、水温・塩分・溶存酸素・ 水中光量子・現場蛍光・濁度の連続測定、および 栄養塩、クロロフィル分析用試水の採取、4)高速 度液体クロマトグラフィー(HPLC)による植物 プランクトン色素調査を行った。
 観測機器の最新鋭のものが装備されている。し かし、そのことにより逆に当初は測器の不具合、 扱いの不慣れ等により満足に観測し得なかった。 特にCTDはひどかった。この測器は非常に大き く水中センサー部の重量は800㎏位ある。これを 太さ十数ミリのアーマードケーブルで上げ降ろし するわけであるが、ケーブルを巻き込むドラムの 軸部分の溶接がはがれ、安全な上げ降ろしが不可 能になった。CTDは重要な測器であり、応急措 置を施しハワイまで使用する一方、業者にクレー ムをつけて大急ぎで新品のドラムを作らせ、ハワ イまで空輸させ交換した。またXCPによる調査 において1本二十数万円するブローヴ(投棄され るセンサー部)を海中に落としたもののデータが 船上に入ってこないなどいろいろとトラブルはあっ たがハワイまでに整備され、それ以降は満足のい く観測が行えるようになった。
 アカイカ漁獲試験は、流し網に代わるトロール 曳網での漁獲の可能性を調べるものであった。し かし、船上作業の困難さ、複雑さ(投場網に甲板 部と調査科が総出で、数時間かかる)と、漁獲物 は少なく(数センチの小さなイカがほんの数匹は いる程度)、実用化はまだという印象を受けた。 私の仕事はクロロフィルa量分析と基礎生産力 の調査であった。クロロフィルとは植物が持つ光 合成色素のことでこれを調べることにより海水中 の植物プランクトン現存量がわかる。基礎生産力 とは植物プランクトンが光を利用して二酸化炭素 を吸収し有機物を生産する光合成の速さであり、 食物連鎖の根源である植物プランクトンの生産過 程を究明するためのデータとなる。この二つを担 当したため船上での作業は多忙をきわめた。クロ ロフィルa量の分析を1日約80サンプルを、ろ過、 抽出から蛍光測定、試験管洗いまでやらなければ ならなかったためである。中央水研所属の蒼鷹丸 では調査を行う場合、船上で試水をろ過するとこ ろまでを行い、それ以後は下船後、研究室で行っ ていた。開洋丸では各種の分析機器も積まれ、ク ロロフィル分析用の蛍光光度計も装備されている。 サンプルは採取後、直ちに分析されたほうが良い のであるが、揺れる船の中での小さい1センチセ ルの中に試料を入れることは時に、つらかった。 また基礎生産力の調査においては、サンプルの培 養時間を早朝から翌日の夜明け前までに設定した ために早朝4時前に起き、結局観測期間中は朝か ら晩まで働き詰めであった。

 船、寄港地について
 開洋丸の乗り心地はゆったりとした作りになっ ているため快適であった。ベッドも楽に寝返りが 打てる。ただよく揺れるのには驚いた。事前の情 報では全く揺れないようなことを聞いていたが、 出航当日の11月1日、東京湾を出た途端、大揺れ に揺れた。前半70日を通じてこの日が最も揺れ、 はじめて船に乗る大学院生にとって相当きつかっ たようだ。
 各寄港地ではそれぞれ中3~4日上陸した。ニュ ーカレドニアではCecile女史らに赤い広大な砂漢 を案内してもらった。ハワイではダイアモンドヘッ ドに登ったり、ハナウマベイで泳いだ。タヒチで はモーレア島にわたり、きれいな珊瑚礁の海で泳 いだ。サンディエゴではシーワールドに行き本場 のショーを楽しみ、またメキシコにもわたったり もした。海外旅行経験のない私にとって、どこも 非常に新鮮であった。

 おわりに
 こんなことを言うと現在('92/3)も船上に いる乗組員の方々に怒られてしまうが、やはり70 日は長かった。当初は140日全部乗る予定になっ ていたことを思うとゾッとする。しかし、船上で の忙しかった日々や外国での経験は必ずや自分の 人生にとってプラスになるように思う。とりあえ ずはこの結果をまとめなければ、と思っている次 第です。

(海洋生産部)

nrifs-info@ml.affrc.go.jp
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