■ 海外出張 平成19年2月掲載



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派遣のいきさつ


写真1


写真1


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 平成18年8月13日~22日まで「漁業統計のためのモルフォメトリック解析に関する専門家としての研修出席」という用務でマレーシア,クアラトレンガヌへ出張の機会を得ました。

 空港の書籍コーナーで,旅行会社の出しているガイドブックを手にとってはみたものの,モルフォメトリック解析その町の紹介スペースはわずかに2ページ。情報収集としては,なにやら消化不良気味でした。マレーシアまで7時間, クアラルンプール国際空港(KLIA)からさらに45分の国内線,日が暮れて暗い空港に降り立つと,あたりの雰囲気に妙な感じを覚えました。働く女性,出迎えの女性,帰省の女性,老若を問わず,誰もがスカーフ(トゥドゥンと呼ぶらしい)できちんと頭を覆っているのです。クアラルンプールで遭遇した華やかさは影を潜め,彼女らの落ち着いたいでたちに,イスラム色の強い土地柄を予感させられました。成田で預けた荷物はなんと一番に登場(ラッキー!),後は素通りのチェックアウト。ゲートの外に小西芳信さんの姿を認めて,ちょっとホッとしました。

 クアラトレンガヌは,南シナ海に面したトレンガヌ州の都,トレンガヌ川河口に設けられた河港を中心に発展しています。スルタンと呼ばれる王様が居を構える中心部界隈では,通りを500メートル歩くごとに次のモスクに出会うことができます(写真1)。この町のはずれにSEAFDEC (Southeast Asian Fisheries Development Center) が設置され,施設をMFRDMD (Marine Fishery Resourced Development and Management Department) と共有しながら,研究活動が続けられています。西海区水研からSEAFDECの次長として転任された小西さん,滞在期間はすでに2年を超えたとお聞きしました(写真2)。日本の支援を受けて進められてきたプロジェクト”Information Collection for Sustainable Pelagic Fisheries in the South China Sea”が最終年度を迎え,成果の取りまとめは最終段階に入っているとのこと。

 これまでにSEAFDECでは,南シナ海沿岸諸国で漁獲されたグルクマ (Restlliger kanagurta) 等を対象に,系群構造の解析に取り組んできたそうです。RAPDのような遺伝マーカーを適用すると,下位の個体群構造は検出されない。ところが,プロポーションのような形態形質をマーカーに用いると,地域的な個体群が抽出される。マーカーとしての解像力を考慮すると,結果の解釈は難しいものとなります。モルフォメトリーの扱いに検討の余地があることを直感された小西さんが,水研センター本部に専門家の派遣を要請したというのが,ことの次第です。いつかの論文でモルフォメトリーと口走ったところを目撃されたのが縁で,私のところに話が来たわけなのですが,もちろん専門家と呼ばれる所以などはありません。常々,淡水魚の生態を調べて生態系保全に資することを業務としています。ただ,事前に送っていただいた資料に目を通してみて,問題解決の糸口を見つけることができました。何かの役に立てるならという口実,そして知らない場所への強い好奇心から,応諾させていただきました。

研修の風景


写真3

 トレンガヌ州では,他の多くの州とは異なり,安息日を含むて金・土の2日間が公の休日となっています。渡航前の話では,火・水・木・日の4日間が研修に当てられるはずでした。ところが,現地で手渡された予定表には,連続7日分の日程が記されており,これには少々あせりました。遊びに行きたいとは申せませんが,息抜きの暇もないわけですから。後になって判ったことですが,かの地の研究者は,年に7日間の研修を受けることを義務付けられているそうです。4日間の研修では,必要な条件をクリアできないということなのでしょう。お勉強熱心な受講生は3人おりました(写真3)。実際にプロジェクトの課題を担当しているのが,サイさん。マレー人で,いつも頭に小さな帽子をのせていました。となりがチュアさんで,SEAFDECでは任期付の職員。大学を出たばかりの中国人で,サイさんの手伝いをしています。そして,インド人のスバさん。彼女はFreshwater Fisheries Research Centerの職員で,わざわざの出張参加でした。

 研修は9時頃(職員の始業は8時)に始まり, 13時から昼休みとなります。午後の就業時間は短く,14時に再開し,16時45分がくると終業の時刻です。帰宅は皆さんすこぶる速やか。初日は,私の好みからアユを材料に,メタ個体群に関する話を展開しました。ペラペラペラペラと流暢な彼らの英語ではありましたが,私の耳には聞き取りにくい発音が多く,難儀しました。もっとも英語による講義など初体験の私も偉そうなことは言えません。お互い様ということです。緊張を長らく持続させるのはとても困難。そこで,10時と15時には休憩をはさみます。お茶とお菓子をとりながらの,しっかりとしたブレイクです。練乳たっぷりの紅茶やコーヒーは甘すぎて,ついつい手が伸びるのはただの水。バナナのフリッターやココナッツの入ったウイロウ(風のもの)など,ほのぼの系の外見とは裏腹に,きびしいカロリー補給となりました。

 研修2日目には,モルフォメトリーを使ったケーススタディを紹介し,地域適応や可塑性といった概念について考えてみました。3日目は,彼ら自身のデータを俎上にのせて,ハズレ値除去の必要性について質してみました。もともとのデータには極端な値を示すものが数多く含まれ,それが結果に影響を及ぼしていると思われたからです。続いて,判別分析による分離に成功した背景には,遺伝的な要因が関与しているのではなく,体サイズ頻度分布の異なるサンプルの比較に負うところが大きいことを説きました。詳細は省きますが,解決策を伝授して,解析のやり直しを求めました。休日2日間のタスクを提案したところ,若干のやりとりがあり,5日目午後に進捗状況を確認するために顔を出すということで妥結しました。とりあえず,一日半分の拘束解除を獲得したことになります。

 表計算でも統計検定でも,われわれが普段使っているソフトの多くは日本語で表記されています。同じ場面を眺めながら,英語表記のソフトを使っている彼らに細かい指示を出すのは,なかなか骨の折れる作業でした。こんな調子で迎えた6日目は,研究所長であるラジャさん達の前で,研修の成果を披露することになっていました。私も少々緊張し,それをほぐすために,彼らに質問をぶつけたりしてみました。”Are you happy?”の問いかけに,研修を受けた皆がうなずいたところで,公聴会はお開き。ラジャさん,小西さん,そして私のサインが入った立派な修了証がめいめいに手渡されると記念の撮影が行われ,研修は幕となりました。第7日目は予備日に当てられていたらしく,郊外にあるウミガメの保護施設に案内されました。オウムみたいな子ガメの顔をながめつつ,無事に行事日程を終えることができました。

暮らしのメモ


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 イスラムの戒律では飲酒が堅く禁じられていると何かで読んだことがあります。クアラトレンガヌでは,町のそこかしこに食堂やレストランがあり,どこもマレー人で賑わっています。ジョッキ片手に食事をしている人をたくさん見かけますが,酒類はご法度のはず。飲み物の正体は,ココナッツジュースや甘くしたお茶です。町の大きなスーパーマーケットに入ると,日用品売り場の先に瓶や缶のビールを発見することができます。そばには,ある種の缶詰やインスタントラーメンも並べられています。イスラム教を信じる人が口にしてはいけないものが,場違いな陳列棚に隔離されているようでした。食品の方には,ラードのように豚にまつわる材料が使われているのでしょう。冷えたビールは,小西さんや私の日常にとって欠くことのできない,大切な飲み物です。夕食はいつも迷うことなく,中国人の経営する食堂に足を運んでいました。そこなら,高価だけれども,冷たいビールにありつけるからです。

 船着場のそばには大きな市場(セントラルマーケット)があり,地元の人でごった返しています。二階では,狭い通路の両脇から衣料品の束が迫ってきて,色鮮やかなバティックのラビリンスとなっているありさまでした。一階では,魚,肉,野菜,乾物,お菓子,そしてスパイスが所定の場所で売られています。魚の練り物をスライスしてかきもち状に乾燥させたものをよく目にしたのですが,この町の名産なんだそうです(写真4)。名前は忘れましたが,険しい顔つきの原材料も魚売り場に並べられています(写真5)。油で揚げて煎餅のように膨らんだものを食すのですが,すり潰された骨の感触があってとても美味しいものでした。市場の外では,果物売りの回りに人垣ができています。郊外から野生のドリアンが運びこまれ,4個で10リンギット(およそ300円)の品定めは真剣そのものでした。小玉スイカ程度で大きくはないのですが,ねっとりとした味わいはクセになります。

 通りを歩いていると,やたらに鶏と遭遇します。赤みの強い茶色,光沢のある深緑に群青色,色とりどりの精悍な親鶏が闊歩し,ヒヨコも走り回っています。彼らは野良ではなく,ちゃんと持ち主がいるそうですが,路面にプリントされたようにへばりついている亡き骸をよく目にしました。マレー語で鶏のことをアヤムと呼ぶそうですが,マレー料理のメニューにはアヤムのついた料理がたくさんありました。私のお気に入りはアヤムを使ったカレー料理でしたが,鶏肉用にブレンドされたカレーパウダーが売られているのを見つけて,きめの細かい食文化に感じ入りました。ちなみに,魚用のカレーパウダーもあります。サイさんに是非食べさせたいと案内されたのが,SEAFDEC近くのご飯屋さん。誰もが注文する魚カレー,骨ごと煮込まれた料理がバナナの葉にのせられて登場します(写真6)。近海で獲れるマグロの幼魚を使うのがきまりだそうで,まことに絶品でした。

おわりに

 見聞の機会を与えてくださったSEAFDECの小西さん,出張手続きの労を執っていただいた中央水研の田中さん,そのほか大勢のみなさん,どうもありがとうございました。おかげで,とてもよい経験ができました。余話ではありますが,緑豊かなマレーシアでも,アロワナのような稀少魚やティラピアのような外来魚が問題になりつつあるとか。東南アジアの内水面においても,生態系保全に関わる研究ニーズが高まっていることを知りました。

 

 
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