■ 研究紹介 中央水研だよりNo.2(2006. 平成18年3月発行)掲載
テクネチウム蓄積細菌の単離 藤本賢・森田貴己・
皆川昌幸(海洋生産部海洋放射能研究室) Isolation of technetium accumulating marine bacteria. Ken Fujimoto/Takami Morita/Masayuki Minagawa


1. テクネチウム
1. テクネチウム
 テクネチウム-99(99Tc)は2.1 X 105年の半減期をもつ安定同位体をもたない人工放射性核種である。天然には存在せず、その発生源は1950年代以降の大気中核実験や使用済核燃料再処理からの漏洩である。イギリスにある現在稼働中のセラフィールド再処理施設からは年間に数TBq~数百TBq(1TBqは1 X 1012Bq)の99Tcが海洋に放出されている(1)。テクネチウムは水溶液中では99Tc(VII)04-イオンとして存在する。99Tc(VII)04-イオンは水溶性が高く、物質への吸着が少ないことから海洋へ放出されるとその汚染の影響は海流にのって広範囲に広がる。実際にセラフィールドから放出された99Tcが海流によって運ばれ、スウェーデン沿岸の褐藻類から99Tcが検出されている(2)。
 我が国ではこれまでに原子力発電所で使用した使用済核燃料を前述のセラフィールド再処理施設において再処理を行なってきた。現在青森県に建設中の六ヶ所再処理施設が稼働すると、日本周辺海域に99Tcによる海洋汚染が生じる危険性がある。このため、その汚染修復技術の開発が早急に望まれている。
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2. テクネチウム
蓄積細菌
図1
図2
図3
図4
 
2. テクネチウム蓄積細菌
 海洋環境に放出された99Tcを合成樹脂により化学工学的に高効率に回収することも可能であるが、その樹脂が高価なためコストがかかることが難点である。そこで我々はこれらの問題を解決する糸口として、99Tcを細胞内に蓄積する微生物の探索を試みた。
 中央水産研究所所属の調査船蒼鷹丸による平成16年度「深海及び近海海産生物放射能調査」(平成16年7月13日~8月11日)で採取した海水、海底土、海洋生物などの試料を99Tcを添加した平板培地に塗布し、15℃で2~3日間好気的条件下で培養した。得られたコロニーを滅菌したろ紙にうつしとった後(図1-a)、ろ紙上の99Tcの放射能を画像解析装置で測定した。このアッセイにより99Tcを細胞内に蓄積したコロニーは黒いスポットとして検出された(図1-b)。これらのコロニーのうち、蓄積能力が高いと思われるもの(図1、青矢印)をいくつか単離し以降の液体培養実験に供した。
 液体培養実験では終濃度10 Bq / mLの99Tc(VII)04-を添加した液体培地で海洋細菌を好気的に培養(15℃、24時間)後、遠心分離(12000 X g、15分)で培地成分と菌体に分けた(図2)。培地成分に残存する99Tcの放射能を液体シンチレーションカウンターで測定し細菌による99Tcの蓄積を調べた。菌体内に99Tcを多く取り込むものほど遠心分離後の培地成分の放射能は低くなる(図2)。Tc-200株からTc-206株まではいずれも平板上で99Tc蓄積能を示す菌株ではあるが、液体培養条件で99Tcを細胞内に取り込んだ菌株はTc-202『株』のみであった(図3)。Tc-202株について99Tcの取り込みの時間経過を調べたところ、菌の対数増殖期にあわせて99Tcが回収されることが示された(図4)。24時間後には添加した99Tcの53.5 ± 3.2%が菌体に取り込まれ、120時間後まで変化しなかった。菌体内に取り込まれた99Tcは遠心分離により菌体とともに回収することができた。
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3. おわりに
3. おわりに
 99Tcを嫌気的条件下で還元する細菌については多くの報告(3-6)があるが、これまでのところ好気的条件下で99Tcを蓄積する微生物の報告はない。環境修復技術や廃液からの99Tc回収技術などへの応用を考えた場合、好気的条件下で99Tcを細胞内に取り込むことは重要である。本研究で得られた海洋細菌は高塩濃度下や広範囲のpHにおいても99Tcを蓄積することから、99Tc回収技術への応用が期待される。
 海洋環境に放出された99Tcは食物連鎖を通じ人体に影響を与えることが予想されている。このため、99Tcの海産生物への濃縮過程や海洋での99Tcの挙動についての研究は今後ますます重要となるであろう。海洋での99Tcの挙動については、微生物が重要な役割を行っていると考えられており(7)、本研究で分離された菌もその挙動に関与していると思われる。さらに得られた知見は、海水中でテクネチウムと同種のイオンを形成する放射性核種(ウラン、ネプツニウム等)へも十分に応用可能である。
 今後はTc-202株の99Tc蓄積機構の解明を進め、Tc-202株そのものや蓄積に関わる物質を利用した環境修復技術(バイオリメディエーション)についての研究を進めていきたい。
 最後に、本稿内容は平成16年度中央水産研究所シ-ズ研究課題として行なわれたものであり、関係者各位に深謝する。

引用文献
1. Kershaw, P. J., et al. (1999), Sci. Total Environ., 237/238, 119-132.
2. Lindahl, P., et al. (2003), J. Environ. Radioact., 67, 145-156.
3. Lloyd, J. R., et al. (1999), Biotechnol. Bioeng. 66:122-130.
4. Lloyd, J. R., et al. (1998), Geomicrobiol. J. 15: 45-58.
5. Tatiana, V. K., et al. (2003), FEMS Microbiol. Ecol. 44:109-115.
6. Gilles, D. L., et al. (2001), Apple. Environ. Microbiol. 67: 4583-4587.
7. Miranda, J. K.-R., et al. (2003), Marine Chem., 81: 149-162.
(本研究は、平成17年度日本放射化学会年会・第49回放射化学討論会において発表され(「海洋細菌Halomonas sp.のTc不溶化について」 藤本賢、森田貴己、皆川昌幸)、優秀ポスター賞を受賞した)
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