■ 巻頭言 中央水研だよりNo.2(2006. 平成18年3月発行)掲載
東京湾の再生をめざして 入江 隆彦 Toward the restoration of  Tokyo Bay. Takahiko Irie


東京湾の再生を
めざして
写真1
東京湾の再生をめざして
 中央水産研究所が建っている今の場所は20年ほど前までは海であり、埋立て前は海苔養殖が盛んで良い海苔が採れていたという。ここからさほど遠くない東京湾内の金沢湾の一角に、野島という陸続きの島があり、今でもその海岸には2百メートルくらいの自然の砂浜が唯一残されている。波打ちぎわのアナアオサはやっかい者だが、海藻の間にはハゼやボラなどの小魚の姿が見られ、一歩海に足を踏み入れ砂の中を指でさぐってみれば、大小いくつかのアサリが現れ、狩猟採集の悦びを味わうことができる。アサリ以外にマテガイやカガミガイ、シオフキガイ、ツメタガイなども見られる。野島海岸や隣接する海の公園には、春から秋にかけて大勢の人々が家族連れなどで訪れ、潮干狩りや海水浴などで思い思いに楽しんでいる。都会の近くにあって、このような干潟や海岸が我々に与えてくれる恩恵は計り知れない。
 海の公園近くの柴という所に小さな漁港があり、小型底びき網を主体に東京湾で操業を行っているが、ここの漁協は漁獲量制限や禁漁区の設定、網目の制限などシャコやマアナゴの資源管理を率先して行ってきたことで有名だ。ところが、最近はその努力にもかかわらずシャコやマアナゴの漁獲量が減少しており、漁業者の悩みとなっている。小型底びき網ではシャコやマアナゴ以外にもマコガレイ、イシガレイ、ヒラメ、スズキ、タチウオ、コウイカ、マダコなど様々な魚種が漁獲されており、その種類の多さに驚かされる。
 東京湾の漁獲量は、1960年代の約15万トンをピークに減少傾向を示し、2002年には2万トン台まで低下している。1960年代の東京湾では、貝類が約10万トンも漁獲され、この貝類の大部分を占めるのはアサリだったが、アサリは最近では約1万トンにまで減少している。1960年代以降に東京湾のアサリが大きく減少したのは、主にアサリの生息域である干潟や浅海が埋立等により減少したことや沿岸環境の悪化によると思われる。アサリは海水中に懸濁している有機物や植物プランクトンを濾過して餌としていると考えられており、殻長27-28mmのアサリ1個は、1時間に1リットルの水を濾過するとの実験結果もある。アサリが水を濾過する力は予想以上に大きく、アサリ資源の減少が東京湾の水質悪化に拍車をかけたとも考えられる。
 アサリは海水中の有機物を利用することにより海水の浄化に大きく貢献するとともに漁獲物として我々の食卓をにぎわしてくれる。前述の海の公園は約20年前に埋立に伴って造成された人工海浜だが、20年たった現在、砂浜浅所の生物相は隣接する野島の自然海岸のそれとほとんど変わらなくなっているという。最近は、アサリが全国的に減少し大きな問題となっているが、この東京湾の人工海浜では、アサリ稚貝を放流しなくても毎年春から秋までアサリがたくさん育っている。この理由に関しては、中央水産研究所はじめいくつかの研究によってアサリの補給機構や成長についてほぼ明らかにされている。しかし、アサリ稚貝が実際にどのような餌を食べているかということや餌の量の変動とアサリの生息量との関係などはまだよく分かっていない。
 東京湾では現在でも、採貝、海苔養殖、釣り、定置網、まき網、小型底びき網など多様な漁業が行われており、市民の食卓へ「江戸前」の新鮮な魚介類を供給し、沿岸の一部海岸は都市住民にレジャーや憩いの場を提供している。近年、東京湾では工場の排水規制や下水道整備によって、湾内に流入する汚濁物質や栄養塩の負荷量が減少しつつあり、水質も改善の方向が見られるといわれている。しかし一方で、赤潮や青潮、夏場の貧酸素水塊の発生は依然として改善されず、湾内の水産生物の生存や漁業にとって大きな問題となっている。
 昨年11月、横浜市のみなとみらい地区で開催された第25回全国豊かな海づくり大会開催をきっかけに始められた、東京湾の水域環境の改善と漁業の持続的発展をめざす東京湾再生の動きは、漁業者はもとより多くの人々に支持してもらえるものと思われる。残された東京湾内の干潟や藻場を保全するとともに、東京湾沿岸の適切な場所に緩傾斜の浅海域を人工的に造成するなどの方法でアサリ等二枚貝類の生息場を拡大して発生を促し、二枚貝類の浄化能力を最大限に利用することにより、東京湾の再生に向けた動きを一歩前進させることが可能ではないか。金沢湾におけるアサリの高生産性の秘密の解明を手がかりとした東京湾再生に向けてのアプローチなど、東京湾周辺各都県の研究機関とも連携しながら中央水産研究所が努力すべき課題だと思う。
ページのTOPへ
 

 
(c) Copyright National Research Institute of Fisheries Science, Fisheries Research Agency All rights reserved.