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水産加工品のいろいろ
ふぐ肉・卵巣糠漬け
ふぐ肉・卵巣糠漬け
○ふぐ肉・卵巣糠漬けとは
ふぐ肉糠漬けとは、フグの肉を塩漬け後乾燥し、糠に漬けて発酵させたものをいい、 ふぐ卵巣糠漬けとは、フグの卵巣を塩蔵した後、糠に漬けて発酵させたものをいいます。 石川県内の生産地は白山市(旧美川町)、金沢市金石、大野であり、 その他輪島市では独自の方法で製造しています。
日本で卵巣の加工が許可されている県は少なく、フグ卵巣の加工品は大変珍しいです。 ふぐの糠漬けは、石川県のふるさと認証食品に認定されている加工品です。
ふぐ卵巣糠漬け
○生産と消費の動向
石川県白山市(旧美川町)を中心とした聞き取り調査によると、 フグ肉の糠漬けの生産量は70~80t未満で、主な出荷先は県内です。 また、フグ卵巣の糠漬けの生産量はおよそ30t程度であり、主に県内で消費されます。 近年ではマスメディアで広く紹介されるようになり、県外からの注文も急激に増えています。
○原料選択のポイント
ふぐ肉の糠漬けに用いられるフグはゴマフグとサバフグの2種類です。 ゴマフグは6~7月に石川県能登地方や新潟県など日本海近海で獲れたものを原料として用います。 頭と内臓を除去した後、身は糠漬けに加工するまで凍結保存しておきます。 また、卵巣は凍結せずに塩漬けし、その後糠漬けに加工します。
サバフグ(平フグ)については、あらかじめ塩漬け後、軽く乾燥させてある 加工済みフグ肉原料を別の加工業者より購入して用いているようです。
○加工の原理
魚の糠漬けの工程は大きく塩蔵と糠漬けの2つに分けられます。 このうち風味付けには特に糠漬け工程が重要であり、昔から熟成には 北陸特有の高温多湿の夏を経ることが必要といわれています。
この糠漬け中に魚肉の自己消化によって遊離アミノ酸(グルタミン酸、 ロイシン、リジン、アラニン、バリンなどが量的に多い)が生成される一方、 主に微生物作用によって揮発性塩基、有機酸、アルコールなどが増加し、 特有の風味が付与されます。
糠漬け製造の際に用いられる塩蔵汁(差し汁)の意義として、タンパク分解酵素の 供給としての役割が大きいと考えられています。熟成とともにpHは5.3に低下しますが、 これは主に乳酸(約1%)、酢酸などの有機酸によるもので、糠漬けではこのような低い pHと塩蔵による高い塩分によって保存性が保たれます。
また糠漬けの前に行われる塩蔵も重要であり、この工程で食塩が浸透し、魚肉は脱水されます。 これにより、魚肉中での腐敗細菌の増殖や自己消化の進行が抑制され、また肉質の硬化、 血抜きなどの効果があります。
●製造工程図
原料
↓
頭・内臓除去
身
卵巣
↓
↓
三枚卸し
塩漬け
↓
↓
2~3ヶ月
塩漬け
漬け直し
↓
10%の塩で1晩
↓
4~10ヶ月
乾燥
水洗い
↓
すのこ上で4から7日。
↓
糠漬け込み・発酵
糠漬け込み・発酵
↓
1~2年間
↓
2年間
製品
製品
↓
↓
出荷
検査
↓
出荷
ふぐ卵巣糠漬けにおける毒力低下のメカニズムについては、これから説明します。
ふぐ卵巣糠漬けでは、塩蔵時の食塩濃度が高く、漬け込み期間も長いです。 古くよりこれは毒消しのためだといわれてきました。製造工程中の毒性変化を調べた例では、 原料の卵巣の毒性は443MU/gと非常に高いにもかかわらず、塩漬け7ヶ月後には90MU/gに、 また糠漬け2年目には14MU/gにまで減毒します。
このように糠漬け後の卵巣の毒量が減少する原因については、 製造過程で毒が塩水および糠中に拡散して平均化することがいわれてきました。 このことも原因のひとつでしょうが、その場合には総毒量が糠漬け1年後には もとの1/10ほどに減っていることから、その他の原因も考えられます。
発酵食品であるので、当然微生物にもその期待がかかりますが、 ①加熱滅菌した糠漬け卵巣と非滅菌の糠漬け卵巣にフグ毒を添加して24時間貯蔵しても、 両者に違いが見られず、また、②フグ毒添加培地に糠漬けより分離した各種微生物 約200株を接種した実験でも、毒力の減少への微生物の寄与がみられない、 などから微生物の関与は可能性が低いと考えられます。
それではなぜ毒が減るのかということになると、今のところよくわかっていません。 フグ毒(テトロドトキシン)にはいくつかの類縁体があり、これらは少しずつ化学構造がちがうだけですが、 類縁体の毒力はテトロドトキシンの数十分の一になるので、塩蔵や糠漬け中に、このようなわずかな 構造変化が非生物学的に起これば毒力が低下することも考えられます。
○実際の製造
塩漬けの工程は、フグ肉は10~13%程度の振り塩で一晩漬けます。 フグ卵巣は35~40%の食塩を撒き塩にして2~3ヶ月後漬け込んだ後、 塩を代えて新たに漬け直し、1年~1年半塩蔵します。
漬け込み・熟成の工程は、塩漬けしたふぐ肉・卵巣と糠(麹とトウガラシを混ぜたもの)を層状に重ね、 最上階には桶の内縁に沿って縄を置き、落とし蓋をして重石をかけます。 重石をきっちりかけることで腐敗を防ぎ、硬く身の締まった製品となります。 糠に漬け込んだ翌日に魚の塩蔵汁(差し汁)をボーメ20度程度に調整して加え、 フグ肉は1年程度、フグ卵巣は2年程度発酵させます。
○製品の形態・包装
1個ずつ真空包装して販売されます。
○安全・衛生管理と表示
石川県ふぐ加工協会に加盟している加工業者が製造するふぐ卵巣糠漬けは、 出荷前に必ず石川県予防医学協会の毒性検査を受けています。 検査を通過した商品には、(社)石川県ふぐ加工協会検査済之証のシールを貼付して販売しています。
○成分の特徴
熟成中に酵母や微生物の働きによって分解、生成されたアルコール、エステル、有機酸、遊離アミノ酸が多く、 これらがふぐ糠漬け独特の風味に大きく関与しています。
糠漬け一般成分
(%)
水分
粗タンパク質
粗脂肪
炭水化物
灰分
塩分
いわし糠漬け
44.8
25.2
12.5
2.7
14.8
14.8
ふぐ肉糠漬け
42.3
33.7
1.5
7.4
15.1
13.4
ふぐ卵巣糠漬け
48.0
22.6
6.1
8.0
15.3
13.5
石川県水産総合センター調べ
○食べ方
薄くスライスし食酢やレモン汁をかけて食べます。軽く焼いたり、お茶漬けにして食べても美味です。
○ふぐ卵巣糠漬けの安全性
食品衛生法においては有毒な物質を含む食品の販売が禁止されていますが、 石川県で製造販売されているふぐ卵巣糠漬けは、人の健康を損なう恐れがないと認められ、 製造販売が認可されている珍しい食品です。これは石川県ふぐ加工協会が県に陳情し、 卓越した技術が認められたことによるものです。
藤井建夫(東京海洋大学)
森 真由美(石川県水産総合センター)