この文章は週刊釣りサンデー社発行の磯釣りスペシャル(2002年5月1日号)に掲載された記事を執筆者および発行者の許諾の上、転載したものです

生態系解く鍵は深海にあり
黒潮研究のメッカから...12
上原伸二

 昼は賑やかなオフィス街も、 夜になるとひっそりとして 寂しさが漂ってきます。逆にネオ ン街は夜になると輝きだします。 昼と夜とで街並みはがらりと姿を 変えますが、海もまたしかりです。
 稚魚を採集する目的でネットを 曳くと、夜になると明らかに採集 される生物量が増えます。目に付 くのはオキアミなどの甲殼類とハ ダカイワシ類です。アジ、サバ、 イワシといった“食べられる”魚 を研究目的にしている私たちにと っては、大量に揚がってくるハダ カイワシ類は、標本処理の手間が かかることから、どちらかといえ ぱ厄介者です。ちなみに、ハダカ イワシは食べられないのかという とそうではなくて、高知では“ヤ ケド”と称してハダカイワシの干 物が名物になっています。私も食 べたことがありますが、結構イケ ますよ。ヤケドというのは、鱗が はがれやすく、地肌が露出してし まった状態から名付けられたもの でしよう。
 ハダカイワシ科魚類はヨコエソ 科魚類とともに中深層性魚類の代 表で、水深200mから700mくら いの層に生息しています。このく らいの深さになると、光は届いて も薄暗く、植物が光合成をするの に十分な明るさではありません。 分布は全世界の外洋域に および、およそ30属250 種、日本の周辺には約90 種が生息するといわれて います。ハダカイワシ科 魚類は、人目に付かない 深海系に適応し、最も繁 栄したグループの一つだ と言えるでしょう。
 深いところにいるはず のハダカイワシ類が簡単 に採集できるわけは、彼 らの多くが夜間、海表面 まで上昇してくるからで す。このように昼間と夜 間とで生息水深を変化さ せる行動は、日周鉛直移 動と呼ぱれ、多くの海洋生物が日 周移動を行っています。ただし、 すべての種のグループが海表面ま で上がってくるわけではなくて、 生息水深との関係からか、上がっ てきても中層までで、海表面まで はのぼってこないグループや、ほ とんど移動を行わないグループが います。
 日周鉛直移動とともにハダカイ ワシ類を特徴付けているのは、発 光生物であるということです。発 光器と呼ぱれる器官が体の腹面に 規則正しく並んでいて、この配列 様式が、種を同定する際には、重 要な手がかりとなります。発光の 仕組みは自力発光型で、ルシフェ リンという発光物質とルシフェラ ーゼという酵素の化学反応で発光 現象が起こります。発光魚として は、頭上のアンテナが光るチョウ チンアンコウが有名ですが、これ は餌となる生物を誘い寄せるため のものです。
 一方、ハダカイワシ類のように 腹面に並ぶ発光器官はどのような 意味を持っているのでしょうか? 一つにはカモフラージュの意味が あると考えられます。上から光が くると、必然的にその下には影が 出来て、自分の存在がわかってし まいます。これを解消するために、 腹側から光を放ち、影を打ち消す のです。イワシ類やサバ類などの 表層性魚が白っぽい腹をしている のも同様の理由からと考えられま す。それからもう一つ考えられる のは、種ごとに発光器の配列様式 が異なり、さらに同種の雌雄でも 異なるものがあることから、同種 間あるいは同種の雌雄間で、お互 いを認識するための信号となって いるというものです。
 前半ではハダカイワシを厄介者 呼ばわりしましたが、カツオ・マ グロ類、サケ・マス類・イカ類・ イルカ類などの大型海洋生物の餌 として・また表層のエネルギーを 深海系に運ぶ運搬者として、海洋 生態系の重要な位置を占めている といえます。近年、海洋生態系を 解明するうえで、中深層域の重要 性が注目されるようになってきま した。ひょっとしたら今後、“磯 の釣果は深海に聞け”というよう なことになるかもしれませんね?

Shinji Uehara
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