この文章は週刊釣りサンデー社発行の磯釣りスペシャル(2002年1月1日号)に掲載された記事を執筆者および発行者の許諾の上、転載したものです

コツコツ行くか一発勝負か
黒潮研究のメッカから...10
上原伸二

 さる10月1日から5日間、日 本水産学会の70周年記念の 国際シンポジウムが横浜市で開催 されました。国内外から1000人 ほどの参加者があり、水産資源と 管理、海洋環境と保全、水産生物 と遺伝などに関する講演や発表が 行われました。私も参加してきた のですが、アメリカから来た研究 者の発表を見て驚きました。世の 中には同じようなタイミングで同 じようなことを考えている人がい るもので、私が発表した課題とよ く似た内容でした。つまり、私は ウルメイワシとマイワシの産卵生 態や初期生態の比較を、彼はウル メイワシとカタクチイワシの初期 生態の比較をしていたのです。も っとも、物理学や医学の世界とは 違ってシビアな発表競争をしてい るわけではないので、今後はお互 い情報交換を行いながら研究を進 めることになりそうです。
 ウルメイワシといえば丸干しで 有名なイワシ類の一種です。分類 学的にはニシン目ニシン科ウルメ イワシ属に属しています。“ウル メ”の名の由来は潤んだように見 える大きな目です。英名はround herringで、直訳すれぱ丸ニシンと なります。おそらく体が円筒形に なっていることから付けられた名 前だと思います。ちなみにマイワ シにはヒラゴという地方名があ り、こちらは平たい体に由来して いるものでしょう。
 ウルメイワシの分布域は、日本 では本州以南の沿岸域で、山陰、 九州、四国など西日本沿岸に多く みられます。“日本では”と書い たのには訳があって、ウルメイワ シは沿岸性の魚にもかかわらず世 界中の暖海に広く分布しているの です。日本の他にはオーストラリ ア南部、アフリカ東部、カナダか らギアナまでのアメリカ犬陸大西 洋岸とカリフォルニアからペルー までの太平洋岸、それにハワイ周 辺にもみられます。世界的に見た 分布域はそれぞれ孤立していて、 マイワシやカタクチイワシが日本 産のものと北米や大西洋のものと は別種に分化していることからす れば、ひょっとすると世界中のウ ルメイワシもいくつかの別種に分 類されるのかもしれません。漁業 的に重要なのは日本と南アフリカ で、両国ではいくつかの研究論文 が発表されています。しかし、こ れまでアメリカでの研究例はほと んどなく、よもやアメリカで研究 がされているとは思わなかったと いうのが、冒頭で私が驚いた理由 の一つでもありました。
 私がウルメイワシとマイワシを 比較したのは、それらが同じ時期、 同じ海域で産卵をしているという ことに着目したものでした。両種 とも同じニシン科ですが、ウルメ イワシはそれほど大きな回遊をす ることはなく、分布域が限定され (世界的分布は広いのですが)、日 本周辺の漁獲量変動はここ十数年 で3万〜7万トンで2倍強になり ます。一方、マイワシは資源量の 大きな時代には、南北方向で薩南 からカムチャッカ・サハリンにま で分布域を広げ、東西方向では日 付変更線を越える西経域にまで及 んでいます。漁獲量変動はここ十 数年で16万〜449万トンと28倍に も達しています。ギャンブルでい えぱ、ウルメイワシは大勝をする ことはないが、大きくへこむこと もない地道で堅実なタイプ、マイ ワシは環境の良いときには一挙に 増大する、つまりツいているとき にはその波に乗ってどんどん勝つ けれど、いったん波が遠のけぱあ っという間に身を持ち崩すタイ プ、といえるでしょうか。この資 源変動のメカニズムを解くカギ が、両種の産卵生態や孵化後間も ない時期の生態の違いを比較する ことで、浮き彫りになってくるの ではないかと考えたのです。
 ときは1998年晩秋、場所は高 知県土佐湾、水産大学校の天鷹丸 (1020トン)とともに、調査航海 に出ました。次回はこの結果をお 話ししようと思います。

Shinji Uehara
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