■ はじめに
日本は海に囲まれた国であり,私たち
日本人は古代より海から多くの恵みを受
けてきた。魚,貝,海藻,これらは食用
としてはもちろんのこと,古代の日本で
は税の一部として非常に貴重なものであ
った。
近年,日本人の食生活の欧米化とそれ
に伴う各種成人病の罹患率の上昇が懸念
されている。よって,健康のために日本
の食事を構成する魚介藻類が健康へ果た
す役割を再検討する必要があると考える。
■ 歴史的背景
海藻類はその色調により緑藻類,褐藻
類,紅藻類,藍藻類に分けられ,地球上
には約8000種が生息するといわれてい
る。日本周辺海域は暖流と寒流の影響が
入り交じるとともに岩場が多いことが格
好の藻場となり,約1500種の海藻が生息
する。日本近海に生息する海藻はアオノ
リ,アオサ等の緑藻類約250種,コンブ,
ワカメ,ヒジキ等の褐藻類380種,アマ
ノリ,テングサ,オゴノリ等の紅藻類900
種である。これら海藻は古代から日本人
にとって貴重な食料であったがゆえに,
大和朝廷時代の海藻採取解禁にあたる海
藻神事(祭礼)や奈良時代の神饌(神社
の祭礼の時)の供物としてや,大宝律令
の貢献品として貴重なものとされてきた。
その後,平安時代に佃煮,みそ汁の具や
お浸し等の現在でも私たちが食する海藻
料理の基礎ができたようである。
■ 海藻の生産量
このように私たち日本人は貴重な食料
して海藻と密接に関連を持ち,現在は食
用のみならず,各種食品の原材料や工業,
医療用材料素材としてその利用の幅を広
げている(表1)。日本における主要海藻
6種(コンブ,ワカメ,ヒジキ,テング
サ,アマノリ,モヅク)の1966年(昭和
41年)と1998年(平成10年)の生産量
の推移を表2に示した。1966年,国内海
面採藻生産量が約27万トン,養殖生産量
が約20万トンであったが1998年には国
内海面採藻生産量が約12万トンと半減
する一方,養殖生産量は約52万トンと約
2.5倍に増加し,この増加はアマノリと
沖縄地方のモヅク養殖生産量の増加によ
るところが大きい。海藻類の国内海面採
藻生産額(表3)は平成12年で約263
億円であり,うちコンブ類約200億円と
約75%を占め,以下,ひじき約12億円,
ワカメ類約89億円,テングサ類約7億円
(その他約35億円)となる。ただし,こ
の生産額は平成11年度に比較して23%近
く低下している。一方,海藻類の養殖業
生産額は約1278億円であり,うちノリ類
が約1058億円と83%を占め,以下,コ
ンブ類約107億円,ワカメ類約92億円,
モヅク類約20億円である。これらを平成
11年度の生産額と比較すると,海面養殖
生産額は10%の増加し、養殖の割合が増
える傾向を示している。しかし、年々輸
入量の増加があり、自給率が低下してい
るのが現状である(図1)。
■ 食品(素材)としての利用
日本での年間成人一人あたりの海藻類
の消費量は1997年の統計でおよそ1.4Kg
であり,ここ10年間大きな増減はない。
しかし,この量は魚の消費量約70Kgの
50分の1にすぎない(表4)。近年の海
藻食品の総マーケットサイズは約5,423
億円,うち,ノリ類2,490億円,ワカメ
類490億円,コンブ類2,430億円,ヒジ
キ類130億円である。ノリ類ではその50%
が焼きノリ,ワカメ類では湯通し塩蔵約
40%,カットワカメ29%,生26%,コン
ブ類では乾燥品61.7%である(表5)。
■ 海藻の栄養機能
近年,消費者の健康志向の高まりにつ
れ,海藻の機能性についても注目が集ま
りつつある。これまで海藻はミネラル補
給食品としてのみの認識であったが,食
物繊維に富むダイエット食品として食卓
にならぶことが多くなってきた。しかし,
これらの海藻に関する消費者の認識は漠
然とした物であり,海藻の栄養成分や機
能性についてさらに詳しく知る必要があ
ろう。
表6に市販品海藻類の栄養素含量を示
した。従来,海藻は生の状態で70%以上
の水分を含むが,保存性のために塩蔵や
乾燥状態で場市されるため,市販品海藻
類の水分含量は7%から20%に調整され
ている。タンパク質含量はほとんどの種
で15%前後であるが,アマノリは38%と
かなりの割合を占める。脂質含量は少な
く,0.3%から3%程度である。海藻に含
まれる栄養素で特徴的なのは糖類,繊維
類が多いことである。海藻は骨格多糖類,
細胞間粘質多糖,貯蔵多糖と3種類の糖
類を藻体内に蓄積し,さらに類別に特徴
ある多糖類を含む。食物繊維であるセル
ロースはほとんどの種で藻体の骨格を構
成し,水溶性食物繊維であり増粘剤他,
食品,医薬品等の素材として広く利用さ
れているアルギン酸は褐藻類の細胞間粘
質多糖,食品素材として利用されている
カンテンは紅藻類の細胞間粘質多糖であ
る。
海藻に含まれるミネラル類が野菜類に
比較して多いのはもちろん,海藻にはビ
タミン類も豊富に含まれ,ビタミンA,
B1,B2,C 等はホウレンソウやニンジン
の含量に匹敵する(表7)。
これまで海藻の栄養成分としてミネラ
ル,多糖類のみが注目されてきたが,他
の成分も他食品素材に比較して栄養価値
の高い成分が含まれている。タンパク質
はそのアミノ酸組成で栄養価値を判定し,
1973年FAO/WHOアミノ酸パターンを基準
(100)としてそれぞれのタンパク質を数
値化する(アミノ酸スコア)。これによる
とワカメタンパク質は100,アマノリは
91であり,コメやダイズ等の穀類タンパ
ク質より高く,畜肉,魚等の動物性タン
パク質に匹敵し,海藻は,含量は少ない
ものの良質のタンパク質を含んでいる1)。
また,海藻に含まれる脂質も特異的な脂
肪酸で構成されており,炭素数22以上
の長鎖で,さらに二重結合が5つ以上の
高度不飽和脂肪酸や,ワカメやコンブ等
の褐藻類にはエイコサペンタエン酸
(20:5n-3(EPA))やドコサヘキサエン酸
(22:5n-3(DHA))の前駆体となるオクタ
デカテトラエン酸(18:4n-3)が特異的に
含まれている2)。
これまで海藻の体調調節機能成分とし
てもミネラルや食物繊維等のみが注目さ
れてきたが,それ以外にも各種の生理機
能を有することが近年,報告されつつあ
る(表8)。また,日本型食生活を構成す
る食品としても注目されており,筆者ら
もワカメに肝臓脂質代謝調節機能がある
ことを報告している3,4)。このように海
藻は機能を有する栄養成分を含み,さら
に各種機能性成分を豊富に含んでいると
期待されている。しかし,これらの栄養
成分や機能成分が私たちの体の中で機能
を発揮するかは,海藻がどれだけ消化さ
れ,体内に吸収されるかによる。これま
で多くの研究者が海藻の消化性に関する
検討を行ってきたが,海藻が多糖類で覆
われているために海藻の種類や加工・調
理方法等の違いによって実験値も異なり,
一定の見解が得られていないが現状のよ
うである。
■ おわりに
海藻食国はフランス,アイルランド,
アメリカ,カナダ,チリなど世界にわた
るが,摂取量は日本,韓国,台湾,フィ
リピンなどのアジア諸国が圧倒的に多い。
さらに食用とする海藻の種類,加工技術,
歴史的背景等からみて,日本は世界一の
海藻利用国であろう。今後も海藻の養殖
技術,加工技術,栄養成分分析,生理作
用の探索等,日本が中心となってこれら
情報を世界に向けて発し続けなければな
らないと考える。