この文章は農林水産先端技術産業振興センター(略称:STAFF)発行のTechno Innovation No.45(平成14年7月31日発行)に掲載された記事を執筆者および発行者の許諾の上、転載したものです

我が国の海藻類の生産と利用
村田昌一

■ はじめに
 日本は海に囲まれた国であり,私たち 日本人は古代より海から多くの恵みを受 けてきた。魚,貝,海藻,これらは食用 としてはもちろんのこと,古代の日本で は税の一部として非常に貴重なものであ った。
 近年,日本人の食生活の欧米化とそれ に伴う各種成人病の罹患率の上昇が懸念 されている。よって,健康のために日本 の食事を構成する魚介藻類が健康へ果た す役割を再検討する必要があると考える。

■ 歴史的背景
 海藻類はその色調により緑藻類,褐藻 類,紅藻類,藍藻類に分けられ,地球上 には約8000種が生息するといわれてい る。日本周辺海域は暖流と寒流の影響が 入り交じるとともに岩場が多いことが格 好の藻場となり,約1500種の海藻が生息 する。日本近海に生息する海藻はアオノ リ,アオサ等の緑藻類約250種,コンブ, ワカメ,ヒジキ等の褐藻類380種,アマ ノリ,テングサ,オゴノリ等の紅藻類900 種である。これら海藻は古代から日本人 にとって貴重な食料であったがゆえに, 大和朝廷時代の海藻採取解禁にあたる海 藻神事(祭礼)や奈良時代の神饌(神社 の祭礼の時)の供物としてや,大宝律令 の貢献品として貴重なものとされてきた。 その後,平安時代に佃煮,みそ汁の具や お浸し等の現在でも私たちが食する海藻 料理の基礎ができたようである。

■ 海藻の生産量
 このように私たち日本人は貴重な食料 して海藻と密接に関連を持ち,現在は食 用のみならず,各種食品の原材料や工業, 医療用材料素材としてその利用の幅を広 げている(表1)。日本における主要海藻 6種(コンブ,ワカメ,ヒジキ,テング サ,アマノリ,モヅク)の1966年(昭和 41年)と1998年(平成10年)の生産量 の推移を表2に示した。1966年,国内海 面採藻生産量が約27万トン,養殖生産量 が約20万トンであったが1998年には国 内海面採藻生産量が約12万トンと半減 する一方,養殖生産量は約52万トンと約 2.5倍に増加し,この増加はアマノリと 沖縄地方のモヅク養殖生産量の増加によ るところが大きい。海藻類の国内海面採 藻生産額(表3)は平成12年で約263 億円であり,うちコンブ類約200億円と 約75%を占め,以下,ひじき約12億円, ワカメ類約89億円,テングサ類約7億円 (その他約35億円)となる。ただし,こ の生産額は平成11年度に比較して23%近 く低下している。一方,海藻類の養殖業 生産額は約1278億円であり,うちノリ類 が約1058億円と83%を占め,以下,コ ンブ類約107億円,ワカメ類約92億円, モヅク類約20億円である。これらを平成 11年度の生産額と比較すると,海面養殖 生産額は10%の増加し、養殖の割合が増 える傾向を示している。しかし、年々輸 入量の増加があり、自給率が低下してい るのが現状である(図1)。

■ 食品(素材)としての利用
 日本での年間成人一人あたりの海藻類 の消費量は1997年の統計でおよそ1.4Kg であり,ここ10年間大きな増減はない。 しかし,この量は魚の消費量約70Kgの 50分の1にすぎない(表4)。近年の海 藻食品の総マーケットサイズは約5,423 億円,うち,ノリ類2,490億円,ワカメ 類490億円,コンブ類2,430億円,ヒジ キ類130億円である。ノリ類ではその50% が焼きノリ,ワカメ類では湯通し塩蔵約 40%,カットワカメ29%,生26%,コン ブ類では乾燥品61.7%である(表5)。

■ 海藻の栄養機能
 近年,消費者の健康志向の高まりにつ れ,海藻の機能性についても注目が集ま りつつある。これまで海藻はミネラル補 給食品としてのみの認識であったが,食 物繊維に富むダイエット食品として食卓 にならぶことが多くなってきた。しかし, これらの海藻に関する消費者の認識は漠 然とした物であり,海藻の栄養成分や機 能性についてさらに詳しく知る必要があ ろう。
 表6に市販品海藻類の栄養素含量を示 した。従来,海藻は生の状態で70%以上 の水分を含むが,保存性のために塩蔵や 乾燥状態で場市されるため,市販品海藻 類の水分含量は7%から20%に調整され ている。タンパク質含量はほとんどの種 で15%前後であるが,アマノリは38%と かなりの割合を占める。脂質含量は少な く,0.3%から3%程度である。海藻に含 まれる栄養素で特徴的なのは糖類,繊維 類が多いことである。海藻は骨格多糖類, 細胞間粘質多糖,貯蔵多糖と3種類の糖 類を藻体内に蓄積し,さらに類別に特徴 ある多糖類を含む。食物繊維であるセル ロースはほとんどの種で藻体の骨格を構 成し,水溶性食物繊維であり増粘剤他, 食品,医薬品等の素材として広く利用さ れているアルギン酸は褐藻類の細胞間粘 質多糖,食品素材として利用されている カンテンは紅藻類の細胞間粘質多糖であ る。
 海藻に含まれるミネラル類が野菜類に 比較して多いのはもちろん,海藻にはビ タミン類も豊富に含まれ,ビタミンA, B1,B2,C 等はホウレンソウやニンジン の含量に匹敵する(表7)。
 これまで海藻の栄養成分としてミネラ ル,多糖類のみが注目されてきたが,他 の成分も他食品素材に比較して栄養価値 の高い成分が含まれている。タンパク質 はそのアミノ酸組成で栄養価値を判定し, 1973年FAO/WHOアミノ酸パターンを基準 (100)としてそれぞれのタンパク質を数 値化する(アミノ酸スコア)。これによる とワカメタンパク質は100,アマノリは 91であり,コメやダイズ等の穀類タンパ ク質より高く,畜肉,魚等の動物性タン パク質に匹敵し,海藻は,含量は少ない ものの良質のタンパク質を含んでいる1)。 また,海藻に含まれる脂質も特異的な脂 肪酸で構成されており,炭素数22以上 の長鎖で,さらに二重結合が5つ以上の 高度不飽和脂肪酸や,ワカメやコンブ等 の褐藻類にはエイコサペンタエン酸 (20:5n-3(EPA))やドコサヘキサエン酸 (22:5n-3(DHA))の前駆体となるオクタ デカテトラエン酸(18:4n-3)が特異的に 含まれている2)
 これまで海藻の体調調節機能成分とし てもミネラルや食物繊維等のみが注目さ れてきたが,それ以外にも各種の生理機 能を有することが近年,報告されつつあ る(表8)。また,日本型食生活を構成す る食品としても注目されており,筆者ら もワカメに肝臓脂質代謝調節機能がある ことを報告している3,4)。このように海 藻は機能を有する栄養成分を含み,さら に各種機能性成分を豊富に含んでいると 期待されている。しかし,これらの栄養 成分や機能成分が私たちの体の中で機能 を発揮するかは,海藻がどれだけ消化さ れ,体内に吸収されるかによる。これま で多くの研究者が海藻の消化性に関する 検討を行ってきたが,海藻が多糖類で覆 われているために海藻の種類や加工・調 理方法等の違いによって実験値も異なり, 一定の見解が得られていないが現状のよ うである。

■ おわりに
 海藻食国はフランス,アイルランド, アメリカ,カナダ,チリなど世界にわた るが,摂取量は日本,韓国,台湾,フィ リピンなどのアジア諸国が圧倒的に多い。 さらに食用とする海藻の種類,加工技術, 歴史的背景等からみて,日本は世界一の 海藻利用国であろう。今後も海藻の養殖 技術,加工技術,栄養成分分析,生理作 用の探索等,日本が中心となってこれら 情報を世界に向けて発し続けなければな らないと考える。

独立行政法人水産総合研究センター
利用化学部応用微生物研究室

参考文献
1)改訂日本食品アミノ酸組成表,1986年科学技術庁資源調査会編
2)四訂日本食品成分表,科学技術庁資源調査会編
3)M.Murata, K.Ishihara& H.Saito,Hepatic fatty acid oxidation enzyme activities are stimulated in rats fed the brown seaweed, Undaria pinnatifida(Wakame),J.Nutr.129, 146-151,1999
4)M.Murata, Y.Sano, K.Ishihara & M.Uchida, Dietary fish oil and Undaria Pinnatifida(Wakame) synergistically decrease rat serum and liver triacylglycerol, J.Nutr., 132, 742-747,2002


Masakazu Murata
(むらたまさかず)