この文章は緑書房発行の養殖(2001年5月号)に研究所ホットラインとして掲載された記事を執筆者および発行者の許諾の上、転載したものです

バフンウニの苦みは新規の含硫アミノ酸が原因

利用化学部

 バフンウニは、日本沿岸に広く分布しており、福井県以南の日本海沿岸および九州地方で 漁獲されている。これらの地方では、美味なウニの一種として、塩辛や練りウニなどの加工品の 原料とされている。バフンウニの可食部は生殖巣であり、通常未成熟のものを食用としている。
 一方、東北地方などではバフンウニは漁獲対象とされていない。その理由の一つとして、 生殖巣に強い苦味を有することである。このことは、その地域の漁業者の間では経験的に知られており、 苦味がなく美味なキタムラサキウニなどの他種のウニを漁獲対象としている。
 しかしながら、漁獲対象でないバフンウニはしばしば海藻を食い尽くし、その結果、 磯やけを引き起こし、また、放流されたキタムラサキウニの種苗と餌が競合し、その生育を妨げることも 危慎されている。
 福島県水産試験場では以前、苦味を有するバフンウニの利用を試みたが、有効な方法は見いだせなかった。 そこで、福島県水産試験場からこの苦味の原因物質を調べてほしいと当研究室に話が持ち込まれ、研究が 始められた。
苦味があるのは雌の個体だけ
 まず、1996年3月に福島県いわき市小名浜で調査を行った。この時期は成熟期で、生殖巣から卵あるいは 精子の浸出が見られる、つまり性判別が容易な状態であった。
 約100個体採取し、苦味の有無を調べたところ、苦味を有する個体はすべて雌個体であった。翌年の三月に 同様な調査を行ったところ、やはり、成熟期で同様な結果が得られた。これらの結果から、苦味は 成熟した雌特有なものであることが考えられた。
苦昧成分は新規の苦味アミノ酸だった
 食用ウニでも苦味がないわけではない。ウニの美味な味は、甘味やうまみと苦味が合わさって、 あの独特な味わいとなることを、1960年代に味の素(株)の小俣らが明らかにしている。
 小俣らはこの苦味は主にアミノ酸の一種であるバリンによるものであり、またウニの生殖巣に含まれる ロイシン、イソロイシンなどのアミノ酸も苦味に関与していると報告している。
 そこで、バフンウニの苦味はこれらの苦味アミノ酸の関与が考えられたので苦味のない精巣と苦味のある 卵巣の遊離アミノ酸組成を比較した。両者のアミノ酸組成には有意な差が見られなかったため、他の物質の 関与が考えられた。
 次に、約600gの卵巣から抽出したエキスから約30mgの苦味物質を単離し、その化学構造を検討したところ、 本化合物は新規の含硫アミノ酸であることが判明した。そこでバフンウニの学名 (Hemicentrotus pulcherriminus)にちなんでpulcherrimine(プルケリミン)と命名した (図1)。
 精製したpulcherrimineを越前ウニの原料である苦味のないウニのエキスに添加して、呈味試験を 行った結果、苦味効果が確認された。さらにマウスを用いた行動実験から、本化合物の苦味は、ウニ本来の 呈味に関与しているバリン、ロイシン、イソロイシンとは異なる苦味であることがわかり、苦味の質も アミノ酸の中では今まで知られていない新規なものであることが判明した。
バフンウニが漁獲対象とされないのは
 バフンウニ生殖巣中のpulcherrimine含量を定量するため、その分析方法を開発した。これはアミノ酸の ラベル化剤として用いられているDabs-Clという試薬を用いるものである。
 本方法を用いて1998年11月から1999年11月の期間、三カ月おきに、いわき地方に生息するバフンウニ 100個体の大きさ、生殖巣指数、成熟の度合い、性別、苦味の有無、pulcherrimine含量を調べた。 生殖巣指数は個体間のばらつきが大きく、また、卵、精子の浸出が見られるような成熟個体がどの季節にも 多く見られることがわかった(表1)。そして、この成熟雌個体のうち11月と 2月は95%以上、5月と8月では60%以上が苦味個体であり苦昧物質pulcherrimineは0.5mg/100g含まれていることが わかった(図2)。
 バフンウニを漁獲している福井県などでは、バフンウニは一定の群としてまとまりのある生殖周期が 見られる、すなわち、ほとんどの個体が食用に適する未成熟の時期がある。ところが、いわき地方の バフンウニでは常に成熟個体が存在し、群としてまとまりのある固有の生殖周期が見られない。同様の現象が、 津軽海峡西部沿岸に生息するバフンウニでも見られることを吾妻が報告している(これらのバフンウニも苦味が あって食用とされていない)。バフンウニが漁獲されなかったのは、おそらくpulcherrimineを含む成熟個体が 常に存在していることが原因であったと考えられる。
 ウニの成熟は水温の影響を受け、また、ウニの生殖巣の成分は餌によって変化するといわれている。 環境要因をコントロールすることによって、未利用バフンウニの高付加価値化は可能であると考えられる。 また、苦味物質には生理機能をもつ物質が多いことからpulcherrimineの生理機能も考えられる。現在 pulcherrimineの由来(生合成か、餌由来か)とその機能(味覚機能も含めた)の解明を目的として、 研究を進めている。
nrifs-info@ml.affrc.go.jp
top中央水研ホームページへ
back「研究所ホットライン(抄)」へ