この文章は緑書房発行の養殖(2000年3月号)に研究所ホットラインとして掲載された記事を執筆者および発行者の許諾の上、転載したものです

養殖ハマチの銘柄確立条件を物流・取引面から考える

経営経済部

 食生活の成熟化と経済の低成長時代の到来は、水産物の小売場面にもさまざまな変化をもたらしています。 このため、他地域との差別化に力を入れる産地が増えてい水産物における銘柄確立に向けた取り組みも、 こうした生産・販売環境の変化を背景に生じた生産者意識の変化を表しているともいえましょう。ただし、 水産物の銘柄確立に向けた取り組みは糸口についたばかりであり、水産物の銘柄に関して明確な定義も まだありません。今後、養殖水産物において銘柄を確立していくためには、養殖魚が持つ特質を念頭に 置きつつ、また工業品や農産品と比較する視点も交えつつ、個別魚種の実態を解明する必要があります。
 当部では、平成9年度に養殖ハマチを事例として、銘柄確立のための要因を、特に物流・取引条件など 経済的諸要因に的を絞って、養殖産地および消費地市場を対象として調査を行いました。ここでは養殖魚の 受け手である消費地市場伸買人に対して行った商晶評価意識調査の結果から銘柄確立のための課題を 考えていくことにしましょう。
流通の視点から銘柄を考える−農産物分野の経験から−
 農産物分野では、これまで耐久消費財との比較を通じてさまざまな銘柄研究が行われてきています。 中でも、@流通業者が取引にあたって行う品質評価ポイントを導入した研究の必要性と、 A銘柄には消費者向けと流通業者向けの二つがあって銘柄確立上の課題は異なる、という二つの視点は 養殖水産物の銘柄確立においても有益なヒントを与えてくれます。
 第一の視点の「流通業者が取引の際に重視する晶質評価ポイント」については特に次の三点が大切で あるといわれています。一つ目は、商品を購入する消費者は購入時の商晶特性だけを見ているが、 商品を取引している流通業者は販売時点の特性だけではなく品質の計時変化を視野に入れているという 指摘です。流通業者は取引リスクを最小にするために廃棄率を低く抑えられそうな商品を探しており、 それが流通業者の仕入行動になっています。これは、流通菜者の商品選択が消費者とは異なる視点も 加えて行われていることを指摘したものであり、大切な視点です。
 二つ目は、利用方法が変われば商品に求める品質要素も変わるという指摘です。例えば、加工用 トマトの場合には、生食用では問題にならなかった「歩留まり」、「粘性」、付加特性の中の「経済性」、 あるいは「質の均一性」、「選別精度」、「量目の正確さ」などが重要な要素となってくると 指摘されています。これは、品質構成要素やその重要性のウェイト付けは用途によって変わりうる点を 指摘したものであり、水産物分野においても有益な視点といえましょう。
 三つ目は、商品に求められる品質要素は商品種類によって異なるという指摘です。これは、 異なる種類の商品を同じ評価軸で比較しても意味がなく、商品別に評価軸を明らかにすることが銘柄確立上 必要であることを示しています。ちなみに農産物に対する流通業者の評価軸としては、「付加価値」の 形成に関わる項目として@価格、A質の均一性およびB量目の正確さの三点が指摘され、そのほかの 項目としてC出荷量の多寡、D生産の安定性、E品種およびF産地としての信頼性の四点が 指摘されています。流通業者にとっては、これらの項目を具備している産地は取引リスクが小さい産地であり、 逆に具備していない産地は取引リスクが大きくて、あまり取引相手にしたくない産地ということになります。
 一方消費者は、購入した商品が安全で美味しく、さらに安価であれば良いわけで、購入時の選択基準は 流通業者とは異なっています。これはいくら美味しい商品であっても、それを消費者の手元まで運ぶ 流通業者が求める取引条件を、産地が満たしていなければ流通は限定されたものとなり、その結果銘柄は 確立し難いことを指しています。これらの整理はいずれも農産物を対象としたものですが、水産物を 商っている流通業者がまったく異なる視点で商品を取り扱っているとは思えません。
 水産物の銘柄問題も農産物と同じ土俵に乗せて考えてみる必要がありそうです。
 次に、第二の視点の「銘柄には消費者向けの銘柄と流通業者への販売を念頭に置いた銘柄とがある」との 指摘についてです。
 農産物では、産地で設定した銘柄が流通する過程で消えてしまい消費者まで届かない事例が多く 報告されています。これは流通過程の中で商品が分荷されてしまって銘柄が小売店まで届かないことも 原因となっていますが、大手量販店が産地と契約して自社の銘柄として取り扱うケースが結構多いことも 原因となっています。この場合、産地が行う銘柄確立のための取り組みは流通業者に向けたものとも取れます。 それでは養殖魚の流通ではどうでしょうか。図1はその様子を示した模式図です。 養殖魚の場合も、産地の銘柄が小売店に行くと消えてしまい、消費者は産地を知らずに購入している場合が 多くあります(この現象を銘柄の「沈下」と呼びましょう)。また、産地の名前を付けても取引の中で 名前が変わり、最終的にはその商品を流通させた大手量販店や他県の県漁達の銘柄として販売される ケースも多く見られます(この現象を銘柄の「変名」と呼びましょう)。中には産地で特段銘柄名を 付けていないものの消費地荷受会社との取引条件を満たせる産地づくりを行い、流通の末端に位置する 業者や消費者から信頼を得ているケースもあります。このケースでは銘柄名が付けられていないので 本来の銘柄概念の中には含まれないのかもしれませんが、銘柄確立と同じ効果を得ているケースとして 注目する必要があります。
 以上、養殖魚が流通する中で銘柄がどのように扱われているかを見てきました。そして「消費者向けの 銘柄と流通業者への販売を念頭に置いた銘柄」とがあることを見てきました。産地の銘柄が途中で消えたり 変えられたりしていることに対して産地の考えは違うでしょうが、どちらの銘柄確立を目指すかについては 産地の方針を明確にしておくことが必要です。産地銘柄を最終消費者まで浸透させるための取り組みと、 流通業者に向けた銘柄を確立するための取り組みとは自ずと方法が異なっているからです。流通業者との 取引を目指す産地は取引相手が示す生産条件や取引条件に対応できる産地を作っていくことが必要に なってきます。そこでは中央卸売市場に出荷する産地とは異なる課題も出てくるでしょうし、逆に販路を どこに求めるかが決まらなければ、有効な産地づくりは出来ないことも意味しています。
消費地卸売市場仲買人がもつ商品評価軸と銘柄確立の条件
 それでは消費地卸売市場の仲買人は養殖魚の銘柄についてどのように考えているのでしょうか。 当部では、築地市場で仲買人が売買対象である養殖ハマチやその生産地に対してどのような評価軸を 有しているか、またどのようなウエイト付けを行っているかを杷握することを目的として平成9年9月に 調査を実施しました。事前調査を行って最終的に八つの評価事項を抽出し、本調査に臨みました。 このうち産地に対する評価軸としては「安定して供給できる産地」、「価格が安定している産地」および 「取引を継続するにあたり信頼できる産地」の三点を、また商品に対する評価軸としては「販路特性から 見て価格水準が適当」、「身の締まり具合が良い」、「サイズが揃っている」、「脂の乗り具合が適当」、 「肥満度(歩留まり)が艮い」の五点を採用しました。調査では、仲買人六社から各評価事項に関する 重視度を五段階で回答を求め、その後評価事項別の相加平均を求めました (表1)。
 調査の結果、養殖ハマチを取り扱う仲買人が養殖ハマチの産地ないしはハマチ本体を評価する際に 最も重視しているのは、「安定して供給できる産地」と「価格が安定している産地」の二点であり、 いずれも5段階評価で4・5点の高水準でした。この二点に対する重視度が高いことは、銘柄を 確立していく上で、産地は要請に応じた魚体サイズを安定した数だけ出荷できることが求められ、 それだけの生産規模を有することが求められることを指しています。また、商品の善し悪しも さることながら産地としての安定性を重視する仲買人が多くなっています。このことは「魚体の 品質さえよければそれをマーケットが評価し、その結果銘柄は確立する」という捉え方は 成立しないことを意味しており、養殖ハマチにおける銘柄確立を考えていくうえで重要な視点が 提示されています。
 次いで重視度が高かったのは「(自らの)販路特性から見て価格水準が適当」という点であり、 重視度は5段階評価で3.8点でした。「販路特性から見て価格水準が適当」とは、仲買人が有して いる販売先の業種業態特性やその日に仕入先から要請されている買付価格と照らして妥当な商品で あるか否かという視点です。販売先である小売業や業務需要家(一般飲食店や集団給食など)はいずれも 顧客属性を背景とした品揃え政策や価格政策を有しており、それを基に仕入れを行っています。 このため、いくら品質が良くても使いこなせない価格のものは仕入れないことになり、仕入れの際に 仲買人に対して価格条件の提示が行われています。
 「身の絞まり具合」に対する重視度は平均3.7点にとどまりました。「身の締まり具合」は産地から 消費地までの輸送距離と輸送技術、それに〆方によって左右される事項です。首都圏では 香川県漁連などが首都圏近郊で配送デポジットを有して活〆商品として大量に販売しているため、 市場全体の評価としても身の絞まりに対しては評価が厳しく、身が締まっていること自体は 取引上当然であるとの評価も見られ、それが今回の調査で重視度を低くしたとも考えられます。 また、「サイズの揃い」に対する重視度は平均3.5点、「脂の乗り具合」に対しては平均3.3点でした。 「肥満度が高いこと」に対しては、伸買人によって重視度に差があり平均の重視度は3.2点に とどまりました。
銘柄確立に関わる研究の蓄積を
 以上見てきたように、消費地仲買人は自らが持つ販売先の需要特性を背景として養殖ハマチに対して 異なる仕入れ二ーズを持っています。ただし、今回の調査地は築地市場であるため、地域を反映した 評価結果が出ている可能性もあります。特にハマチ文化圏である関西市場においては、東日本とは異なる 評価となる可能性が高いと思われます。
 このような状況をかんがみ、今後養殖産地では消費地伸買人など消費地販売を担っている業者の特性や 販売先の違いに着目し、取引先の需要にあった生産・販売活動を行うことが、商品差別化のために 必要となってくるでしょう。ただし、このことは物流・取引面さえ対応できる産地であれば品質は 多少悪くても良いといっているわけではありません。いつの時代でも品質は良い方がいいに決まっています。 ここで犬切なのは、@品質が艮いだけではハマチが持つ商品価値は十分評価されないという点と、 A商品二ーズを持つ取引先を想定し、そこが求める物流・取引条件に対応できる産地づくりをしないと 銘柄の確立は難しいという点の二点にあります。
 当部では今後、消費地が持つ地域性をより広く観測していくとともに、養殖産地での銘柄確立のための 評価手法を開発し、養殖魚の銘柄確立、産地振興に寄与していきたいと思います。
nrifs-info@ml.affrc.go.jp
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