この文章は緑書房発行の養殖(2000年1月号)に研究所ホットラインとして掲載された記事を執筆者および発行者の許諾の上、転載したものです

魚類におけるアポトーシス(自殺細胞死)

加工流通部

 アポトーシスはネクローシスとは異なり、生理的な条件下で起こる能動的な細胞の死を意味する。
 生体は細胞の分化・増殖だけではなく、細胞の死とのバランスの上に維持されている。 アポトーシスの分子機構の解析は、発生・形態形成、変態、成長、成熟、感染防御など 魚類の生活史を理解するための基礎となるものである。筆者らは、魚類におけるアポトーシスを 制御する酵素とその遺伝子発現、構造、活性化機構の解析とそれを制御するための生理活性物質の 開発を目指している。
魚類胚を用いるアポトーシスの解析
 1996年にニワトリ胚におけるみずかきの形成にはアポトーシスが関与するという論文が 発表されたが、それでは魚類の発生、特に鰭の形成はどうかというのが、この研究を 始めたきっかけである。研究室で毎日採卵しているゼブラフィッシュの受精卵を実験材料に 用いて、魚類胚にアポトーシスを誘発する実験を開始した。ゼブラフィッシュの胚は オートクレーブで滅薗した人工淡水を用いて細胞培養用マイクロプレートで培養できる。 受精から膀化するまでの様子を二日間で容易に観察できるので、形態形成を調べる実験動物として、 世界中で用いられている。本研究では、アポトーシスの誘導剤として注目されているセラミドによる 形態形成の異常を調べた。細胞内でアポトーシスを誘導する経路のシグナル分子であるセラミドは、 細胞膜のリン脂質の一種スフィンゴミェリンがスフィンゴミエリナーゼの作用によって加水分解されて 生成される分解物である(図1)。
 セラミドの投与は培養液に用いる人工淡水にセラミドを10〜1000μMの濃度で添加することに よって行った。受精後3時間後にセラミドを添加すると、その後1〜2の培養の後に実体顕微鏡下で アポトーシスが生じた胚の形態・組織を観察することができる。 その結果、眼の小型化、脊索の屈曲・湾曲、膜鰭の崩壊が認められた。断片化したDNAを蛍光標識する TUNEL法で、アポトーシスが生じた細胞を特異的に染色することができる。この染色法で セラミドで処理したゼブラフィッシュ胚の全体をホールマウント法で蛍光染色すると、 アポトーシスが生じた細胞を特定することができる(図2)。 さらにこの胚標本をパラフィン包埋して組織切片を作製することによって、胚の内部の細胞まで アポトーシスを観察することができる。その結果、嗅覚器、耳胞、眼、脳、脊髄、膜鰭など、神経系 および体表面の各細胞でアポトーシスの誘導が認められた。
カスパーゼによるアポトーシスの制御機構
 ゼブラフィッシュの場合、通常の培養温度28.5度から39度に上昇させるとストレスタンパク質 HSP70遺伝子の発現を伴うストレス応答を観察することができるが、この条件でもセラミド 投与の場合と同様の形態形成異常とアポトーシスが認められた。また、ガンマ線および紫外線照射に よって胚でのアポトーシスが誘導された。これらの結果からアポトーシスの感受性には組織特異性が あることが明らかとなった。神経系および膜鰭の細胞ではセラミドを介するアポトーシスの経路が 発達しており、細胞増殖と分化にアポトーシスが関与するものと考えられる。
 セラミドによるアポトーシスの誘導はカスパーゼのカスケードを介することからゼブラフィッシュの カスパーゼ遺伝子を単離・解析した。アポトーシスは細胞質に分布するシステインプロテァーゼ型に 属するプロテァーゼ群であるカスパーゼファミリーのカスケード反応によって誘発されることが 知られている。現在までに哺乳類細胞では14種類のカスパーゼが見つかっており、 Ced遺伝子に属する二種類のカスパーゼが知られる線虫に対して、脊椎動物のアポトーシスには カスパーゼ群の複雑な反応経路が関与している。
 熱ストレスによるアポトーシスには、膜脂質の水解によって生じたセラミドが細胞内のシグナル としてカスパーゼ3を活性化することが明らかとなったが、セラミドによるカスパーゼの活性化の 機構は現在のところ不明であり、セラミドに結合して、アポトーシスを活性化する未知の タンパク質があるに違いない。
 このように魚類胚を実験系に用いることにより、アポトーシスの活性化機構を個体レベルで解析する ことが可能となった。さらに、アポトーシス誘発剤やカスパーゼ阻害剤などの分子設計と作用機構の 解析を進めている。
nrifs-info@ml.affrc.go.jp
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